日本人運(yùn)転手と中國人ガイドの違い(1/2)=「ツアー客から萬雷の拍手が送られた」―訪日中國人

Record China    2015年3月1日(日) 23時(shí)0分

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22日、中國のインターネット上に、夏に1週間のツアー旅行で日本を訪れたという教育學(xué)者?熊丙奇氏の文章が掲載された。資料寫真。

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2015年2月22日、中國のインターネット上に、夏に1週間のツアー旅行で日本を訪れたという教育學(xué)者?熊丙奇(シオン?ビンチー)氏の文章が掲載された。以下はその概要。

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成田空港まで隨行した上海のガイドは、現(xiàn)地で私たちを別のガイドに預(yù)けた。日本で永住権を取得した30歳手前の中國籍の男性だった。

私たち一行は観光バスを借り切っていた。日本人の運(yùn)転手は、最初の3日間は同じ人だったが、最後の日は別の仕事があるということだった。3日目の仕事を終えたとき、バスに乗ったツアー客から彼に萬雷の拍手が送られた。彼は笑顔で會(huì)釈しただけで、すぐにいつもと同じようにバスを降り、トランクから30人分の荷物を慣れた手つきで運(yùn)び出した。その日は暑かったので、トランクの中はよりこたえただろう。スーツケースの中の洋服が熱くなっていたほどだ。

この光景は、バスに乗っていたすべての人の記憶に深く刻まれた。この3日間、私たちが朝出発するときには、彼はすでに準(zhǔn)備を整え、トランクの中でしゃがんで私たちが荷物を渡すのを待っていた。

3日目の京都でのこと、私が晝食を早めに食べ終えて外に出ると、遠(yuǎn)くにいた彼は猛スピードで走ってきて、バスのドアを開けてくれた。午後、ツアーの中の一人がスーツケースから傘を取り出したいと言い、彼はほぼすべての荷物を出さなければならなかった。荷物をすべて元に戻し終えたとき、彼は汗びっしょりだったが、いつも通りほほ笑んでいた。

彼のプロ意識(shí)について話すことに、ガイドは不満げだった。運(yùn)転手は日本では地位が高くないという。われわれの中國の同胞(ガイド)は自分のことを、「會(huì)社で最高のガイドで、日本で生活して15年になるが、中國籍を捨てようと考えたことは一度もない」と自己紹介したが、彼への拍手は日本人の運(yùn)転手に送られた拍手よりもずっと小さかった。(続く)(翻訳?編集/北田

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