事故?事件続きの韓國(guó)、社會(huì)に「追悼疲れ」も=韓國(guó)ネット「恥を知らない大人が國(guó)をこんなふうにした」「こんな國(guó)はほかにない」

Record China    2016年6月8日(水) 9時(shí)30分

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6日、複數(shù)の韓國(guó)メディアが、事故や事件が相次ぐ韓國(guó)で「追悼が日?;筏皮い搿箚?wèn)題について報(bào)じた。寫(xiě)真はソウル。

2016年6月6日、韓國(guó)?世界日?qǐng)?bào)は、韓國(guó)?ソウル地下鉄で修理作業(yè)中に命を落とした19歳の若者に、市民が殘したある追悼メッセージを紹介した。現(xiàn)場(chǎng)となった地下鉄ホームに貼られた無(wú)數(shù)の付箋の1枚には、「追悼が日常になってしまった國(guó)の大人として申し訳ない」とある。

1人の「大人」が記した通り、韓國(guó)社會(huì)はいつからか追悼風(fēng)景がまるで日?;筏皮い搿?月28日に起こったこのソウル地下鉄の作業(yè)員死亡事故以降、現(xiàn)場(chǎng)を訪(fǎng)れる市民の足は途絶えることなく、自発的に「沈黙デモ」を行う人たちもいた。また、5月17日にソウル?江南で20代の女性が男に慘殺された事件の後には、最寄りの地下鉄江南駅の出口付近に1000枚を超える追悼メッセージが貼られた。

やはりこうした現(xiàn)象について取り上げた京郷新聞は、「急速な近代化を経た韓國(guó)社會(huì)は、つらい慘事を絶えず経験してきた」とし、1994年の聖水大橋(ソウル?漢江に架かる橋)の崩壊、95年の三豊百貨店(ソウルにあったデパート)の崩壊、2003年の大邱の地下鉄火災(zāi)などを例に挙げた。しかし、14年のセウォル號(hào)沈沒(méi)事故をきっかけに、追悼の様相は以前と大きく変わった。追悼の主體が國(guó)から市民に変わったのだ。専門(mén)家は「希望が消えた社會(huì)において、市民同士の哀れみや、自分と同じ人が至る所にいると知ることが慰めになる」ためにこうした変化が起きていると指摘した。

一方で、追悼による疲労感がぬぐえないのも事実だ。ショッキングな事件?事故の後、追悼の盛り上がりにより社會(huì)問(wèn)題が注目されても、実際の社會(huì)変化がみられないためだ。専門(mén)家は「問(wèn)題を社會(huì)的次元で解決すべきなのに政治が作動(dòng)せず、人々は疲れ切って挫折するしかない」?fàn)顩rだと指摘した。

こうした指摘に、韓國(guó)のネットユーザーは次のようなコメントを寄せている。

樸槿恵(パク?クネ)大統(tǒng)領(lǐng)からは事件や事故について一言もないね」

「死を覚悟して正していこう」

「セウォル號(hào)から追悼が日常になってしまったね。本當(dāng)に大人が恥ずべき國(guó)だ」

「恥を知らない大人が國(guó)をこんなふうにした」

「これもみんな邪悪な獨(dú)裁者、樸大統(tǒng)領(lǐng)のせいだ」

「明日もあさっても、これ以上追悼すべきことが起こらなければいいけど…」

「大人は謝っているだけじゃ足りない?,F(xiàn)狀を打開(kāi)する対策が必要だ」

「幸せな先進(jìn)國(guó)民になるためには、まず守舊集団をクビにせねばならない」

「追悼が日?;筏繃?guó)なんて他にないだろう」

「自分の利益のためには聲を上げるけど、自分たちのためにはいいかげんにしか考えないからだと思う。申し訳ない」

「つまらないことまで取り上げて追悼するからいけない。例えば自殺した人とかね」(翻訳?編集/吉金

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