日本の「ゆとり教育」が中國の義務(wù)教育に劣る點―中國メディア

人民網(wǎng)日本語版    2016年6月18日(土) 0時50分

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日本の「ゆとり教育」が中國の教育に劣る點とはどこか?!袱妞趣杲逃工鲜·卫佑·蜓氦丹欷郡⑷毡旧鐣澜绀讼锐lけてこの「教育実験」を斷行した勇気は、大いに敬服に値する。

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日本テレビ(NTV)が今年4月に放送を開始した連続テレビドラマ「ゆとりですがなにか」は、「ゆとり世代(ゆとり教育の下で育ってきた若者)」3人が、仕事?家庭?戀愛?友情などさまざまなシーンで問題に直面し翻弄されつつも、自らの生活や人生に正々堂々と立ち向かっていくというストーリーだ。

その他の寫真

「90後(1990年代生まれ)は本當にダメだ」。これは、中國では頻繁に耳にする言葉だ?!?0後」特有の生育環(huán)境から、彼らは社會で特殊な位置に置かれるようになった。だが幸いなことに、「90後」は中國語の文脈においては、完全に否定的な言葉という訳ではなく、社會には肯定的な評価もある。

一方、「ゆとり世代」は日本ではやや否定的な意味合いを持つ言葉だ?!袱妞趣辘扦工胜摔工沃肖?、男性主人公の上司が常日頃から、「だからゆとり世代はダメなのだ」と口にしている。この臺詞は、「ゆとり世代」に対する日本社會全體の評価を代弁している。「ゆとり世代」とは何か?彼らはどんな特徴を備えているのか?彼らを描寫するのになぜ「ドラマ」が作られたのか?

○「ゆとり世代」という言葉の誕生

1957年、舊ソ連が人類初の人工衛(wèi)星を発射、歐州諸國に大きな震撼をもたらした。舊ソ連は、宇宙技術(shù)の発展で他國をリードする上でどのような優(yōu)位性を備えていたのだろう?人々はその背景に、舊ソ連の難易度の高い數(shù)學(xué)教育があると考えた。そこで、歐州諸國はベクトルと行列の演算など難易度の高い知識を高校教育に導(dǎo)入することとした。數(shù)學(xué)は難しくなり、それに伴い理系の難易度もアップした。

その當時、日本も歐州諸國にならい、高校數(shù)學(xué)の難易度を上げた。だが、ほどなくしてこのような「詰め込み教育」に対して、社會から批判が寄せられるようになった。世界規(guī)模で猛烈な勢いで數(shù)學(xué)?物理學(xué)?化學(xué)各科目の難易度が上がる動きが起こると、日本社會は「このような教育方式は、ただテスト対応マシンを育てているだけで、人徳?知性?身體?審美すべてがバランスよく発展したクリエイティブな人材育成には役立っていないのではないか」と再考し始めた。

そして日本社會は、対極に向かうようになった?!肛摵蓧埣印工蝿婴瑜辘丹椁似啶蓼袱ぁ肛摵上鳒p」が始まったのだ。1982年から2002年までの間に、「學(xué)習(xí)指導(dǎo)要綱」は3回にわたって改正された。このうち、2002年に中學(xué)校(2003年に高等學(xué)校)で実施が始まった3回目の「學(xué)習(xí)指導(dǎo)要綱」改訂では、主に以下のように改められた。

1.學(xué)習(xí)指導(dǎo)內(nèi)容と授業(yè)時間を3割削減

2.「學(xué)校5日制」の完全実施

3.絶対評価制度を?qū)?/p>

4.「総合的な學(xué)習(xí)の時間」なる概念を新たに確立

いわゆる「ゆとり教育」とは、2002年に実施された3度目の改訂版「教育改革」を指す。前の2回の改訂と本質(zhì)的に異なる點は、授業(yè)時間の削減と5日制の完全実施だ。授業(yè)時間の削減は、學(xué)習(xí)指導(dǎo)內(nèi)容の削減を意味しているだけではなく、數(shù)學(xué)の計算トレーニングのための時間も大幅に削減された。

この改訂により、「ゆとり教育」を受けた學(xué)生の基礎(chǔ)知識が脆くなったと同時に、多くの暗記と何度も繰り返す能力の向上はもはや期待できなくなった。これら2項目の改革によって被ったマイナス面は、數(shù)年経ってからだんだんと表面化し、ついには日本社會全體に「負擔を減らす」ことに対する再考ムードが高まった。

○1987年:ゆとり「第一」世代

2002年、1987年4月2日以降生まれの人々が中學(xué)3年に進級した。彼らは第三次「ゆとり教育」対象者第一弾となったため、「ゆとり第一世代」と呼ばれた。

「ゆとり第一世代」+「昭和最終年生まれ」によって、彼らには最もユニークなアイデンティティが與えられると同時に、さまざまなレッテルが貼られた。これによって、ドラマの主人公たちのような「自己喪失感」が生まれることとなった。もともと、彼らは昭和生まれではあるが、本當の昭和生まれからは軽視され、「ゆとり第一世代」というレッテルが貼られた。後に続く「ゆとり世代」から見ると、「ゆとり第一世代」はやはり嘲笑の対象となった。平成生まれの若者の眼には「昭和生まれ」は「活気がない」「腐りはてた」人間に映った。

また、1987年生まれが受けた「ゆとり教育」は、完全版の「ゆとり教育」ではなかった。実施1年目であったことから、多くの地方では新しい「學(xué)習(xí)指導(dǎo)要綱」を徹底実施できなかった。これにより、彼らは「自分はゆとり教育を受けた」と認識することはなかった。

だが、彼らが大學(xué)を卒業(yè)するころ、日本は米國サブプライム危機が引き金となって起きたグローバル金融危機の真っただ中にいた。就職情勢は超氷河期を迎えていた。日本では、大卒生の就職市場は完全に買い手市場と化し、「就職なんて簡単」という大先輩の言葉とは全く正反対の狀況となった。企業(yè)の採用者數(shù)は大幅に削減し、面接の難易度や選抜基準は大幅に引き上げられた?!笟荬扭堡肖长长稀焊偁幧鐣护坤盲俊工趣いη俺訾违丧楗蓼闻_詞そのものの世界が、まさに展開していたのだ。

○日本が「ゆとり世代」に不満を抱く原因は?

問題が顕著に現(xiàn)れたのは、2003年のPISAの結(jié)果だった。経済協(xié)力開発機構(gòu)(OECD)による國際的な生徒の學(xué)習(xí)到達度調(diào)査(英語:Programmer for International Student Assessment, PISA)は2000年にスタートした。15歳の生徒を?qū)澫螭恕?年に1度調(diào)査が行われている。PISAの実施目的は、教育方法と成果の改善にあり、現(xiàn)時點で世界で最も影響力を備えている國際學(xué)生學(xué)習(xí)評価プロジェクトの一つとなっている。

PISAは主に、學(xué)生の読解力?數(shù)學(xué)的リテラシー?科學(xué)的リテラシーという3側(cè)面を考察するもの。アジアのトップを行く先進國である日本は、豊かな教育資源を備えており、學(xué)生の素質(zhì)も當然極めて高い。よってPISA第1回目には、日本の數(shù)學(xué)的リテラシ―は世界トップ、科學(xué)的リテラシ―は第2位だった。読解力については、順位はそれほど高くはなかったが、諸外國と大きな差がある訳ではなかった。

だた、2回目のPISA調(diào)査が行われた2003年になると、日本は、科學(xué)的リテラシ―が前回と同じ第2位だったが、殘る2項目は大幅に順位を下げた。2003年に15歳になったのは、ちょうど1987年生まれの「ゆとり第一世代」だった。

2006年になると、結(jié)果はさらに首をかしげるものだった??茖W(xué)的リテラシ―は前回の第2位から第6位に、數(shù)學(xué)的リテラシ―は第6位から第10位に、読解力は第14位から第15位に、軒並み後退した。この結(jié)果に日本社會全體が大騒ぎとなり、「ゆとり教育は失敗だった」との烙印を押された。

同時に、「ゆとり世代」が社會人となると、基礎(chǔ)知識の乏しさが産む社會的問題が噴出した。彼らは、學(xué)校を中退した訳ではなく、高卒以上の學(xué)歴をもっており、大學(xué)生や大卒生も多かった。このような現(xiàn)象は、「ゆとり教育」実施前の昭和時代には想像できないことだった。

日本政府は急いでさまざまな対応策を制定した。同時に、學(xué)校側(cè)も「學(xué)習(xí)指導(dǎo)要綱」の內(nèi)容を上回る內(nèi)容を教え始めた。ついに、2009年のPISA調(diào)査で日本が名譽挽回、各項目で順位を上げた。だがその順位も、日本が誇る「アジアトップ」の地位に相応しいものとは言えなかった。日本政府も新「學(xué)習(xí)指導(dǎo)要領(lǐng)」の制定に急ぎ著手、「ゆとり教育」の全面廃止に向けた話し合いが始まった。

中國に目を転じると、2009年から中國本土を代表してPISA調(diào)査に參加している上海は、2回連続で単項目の首位と総合首位を獲得した。この結(jié)果により、中國の義務(wù)教育は、日本が失敗に終わった「ゆとり教育」より大いに優(yōu)位性を備えていることが証明された。

「ゆとり教育」は今や過去の産物となった。日本の高校は2013年、新「學(xué)習(xí)指導(dǎo)要綱」を?qū)g施し始めた。2016年以後に高校を卒業(yè)した若者は、もはや「ゆとり教育」とは無縁の人々だ。

「ゆとり教育」の全面廃止後、日本の生徒の総合的素質(zhì)は、大幅に回復(fù)したことは間違いない。日本の義務(wù)教育は、紆余曲折を繰り返し、挫折し、無収穫だったように見えるが、中國は、日本の大學(xué)教育の輝かしい成功にも注目しなければならない。日本社會が世界に先駆けてこの「教育実験」を斷行した勇気は、大いに敬服に値する。

日本の「ゆとり教育」は、「失敗」の烙印を押されたが、ひとつの実験としては啓発的作用がなかった訳ではない。このような大がかりな社會的実験によって、我々は「素質(zhì)教育は重要ではあるが、學(xué)生の基礎(chǔ)知識を養(yǎng)うことが、義務(wù)教育段階の重點であるべきだ」ということを知った。また、日本で成功している大學(xué)教育や科學(xué)研究人材の育成システムについても、中國は日本から學(xué)ぶべき點が多々ある。(新華網(wǎng)思客コラム 作者:Chivn 文章は作者獨自の観點による)(提供/人民網(wǎng)日本語版?編集KM)

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