拡大
近代以降、海外に流出した中國の重要な文物は數(shù)え切れないほどになる。大國として再びその地位を高めつつある中國では、流出した文物を取り戻そうとする機運が高まっている。寫真は陝西省で盜掘された土器。
(1 / 3 枚)
2008年1月、2008年1月、カナダのヴィクトリア美術(shù)館で中國文物展が開催された。展示物の多くは盜掘され海外に流出したものと推測され、現(xiàn)地の一部メディアは「盜掘展」との不名譽な名前で呼んでいる。盜掘に限らず、近代以降海外に流出した文物は數(shù)え切れないほど。大國として再びその地位を高めつつある中國では流出した文物を取り戻そうとする機運が高まっている。
【その他の寫真】
1840年のアヘン戦爭から始まる中國近代は屈辱の歴史だった。2回のアヘン戦爭および義和団戦爭で清朝は敗戦を重ね、その國力は大きく衰退した。この時期、中國にやってきた外國人により多くの文物が流出した。昨年夏には義和団戦爭の時期に流出したと見られる円明園の銅像が香港でオークションにかけられ、大きな話題となった。
経済発展を成し遂げ、再び大國としての力を取り戻した中國では、流出した民族の寶を取り戻そうとする機運が高まっている。北京市の弁護士?劉洋(リュウ?ヤン)氏は2002年に「海外流出文物民族尊厳返還オフィス」を設(shè)立、訴訟により海外に流出した文物を取り戻す活動に取り組み、多くの國民の支持を集めている。今後、日本を始めとする各國の所蔵者に返還要求が行われる可能性もあり、流出文物問題は新たな國際問題になる可能性すらあるという。(翻訳?編集/KT)
ピックアップ
we`re
RecordChina
この記事のコメントを見る