畝田 宏紀 2016年11月15日(火) 15時50分
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11月初旬、私は35年ぶりに中國雲(yún)南省に目的を定めない中國一人旅に出た。寫真は旅の出発點となった昆明駅。筆者撮影。
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11月初旬、私は35年ぶりに中國雲(yún)南省に目的を定めない一人旅に出た。サラリーマンとして働いた約30年間で、中國出張は數(shù)限りなく行ったが、大抵は1泊か2泊、長くて3泊で、目的は企業(yè)訪問やセミナー參加。場所も多くは北京、上海、深センなど大都市が中心で訪問先もスケジュールなども全て事前に組んだものだった。もちろんプライベートな旅行もしたが、時間の制約上それも決まった都市との往復で、事前に旅行社を通じて飛行機やホテルも予約したものであった。
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目的がないと言ったが、あえて言えば今回の旅は、地図を片手に大まかな旅先だけを決め、そこから先はその地でなるだけ公共の交通機関を使い、時間的に可能な範囲で、できるだけ外國人団體旅行客などが行きそうにない地を訪ねてみるというような、中國留學時代によくやった旅をもう一度やってみようと試みたのだ。それにより中國人の普段の生活や空気、中國の今を肌で感じてみたいというのが目的であった。
私が初めて中國の地を踏んだのは今から39年前の1977年で、どこだったかの日中友好協(xié)會が募集した大學生を?qū)澫螭趣筏骏哎氅`プ旅行であったと記憶している。その時の10日ばかりの旅行で、北京、武漢、長沙を訪ね、上海を経由して帰國した。その頃私はといえば外國語大學で中國語を?qū)煿イ工雽W生であったが、文化大革命の余波が続き、革命、革命ばかりが聞こえてくる中國にあまり大きな関心と興味が持てず、むしろ中國に関しては古い文化や歴史に親しみを覚える學生であった。
そんな私に、ひょんなことから翌年の1978年には中國留學の機會が舞い込んで來て、その年の8月に北京留學となったのだ。それから北京で1年語學習得、79年から天津で2年半の中國留學生活を過ごすこととなった。
就職してからは一時期中國の仕事とは離れた時期もあったが、多くの時間は中國はじめアジアでのビジネスを行っていたので、35年ぶりの一人旅といってもそれほど大きな違和感があるわけではない。しかし、昔の汽車の切符を手に入れる苦労や、食事する場所、地方の人々との言語上のコミュニケーション等がどれほど大変であったかが記憶にインプットされた私にとっては、今の中國が昔とどれほど異なっているか、長らく體験していないため空白となっている。それを體でもう一度體験しながら、中國の実情と過去30年の仕事で仕入れた知識とを結(jié)び付けてみたいと思ったのだった。その體験を順次記してみたい。
●旅はのんびり―中國鉄道事情
今度の旅は香港から飛行機で雲(yún)南省昆明へと飛び、昆明から列車で大理、大理に滯在してその近隣の魏山県、剣川県、渓沙という地を訪ねた。中國の高成長は財政による投資等を中心に、投資が牽引役となったことはよく知られる。特に2008年のリーマン?ショック以降の4兆元の大型投資による経済回復では鉄道建設がその目玉となっている。なかでも高速鉄道建設には力を注いでおり、2015年末時點の鉄道の営業(yè)路線距離は12萬1000キロ、高速鉄道の営業(yè)距離は1萬9000キロを超えたとされる。私が訪ねた昆明も、間もなく上海―昆明高速鉄道(滬雲(yún)高鉄)と広西省南寧―昆明高速鉄道(雲(yún)桂高鉄)の建設が完了し、営業(yè)が開始される計畫のようだ。ただ昆明より先の建設は、計畫されてはいるもののまだこれから。そのため昆明から先は鈍行列車での旅である。
雲(yún)南省の言い慣わしで「雲(yún)南18怪(雲(yún)南18の不思議)」というのがあり、その中の一つが「火車沒有汽車快(汽車は自動車より鈍い)」というのがあるそうだ。確かに私が乗った電車も電化されているとはいえ、約350キロの昆明―大理の所要時間は6時間強を要した。長距離バスの方が安くて時間的には早いのかも知れないが、何時間もバスの座席で揺られながらは流石にきついのと、山間地で道が曲がりくねっている可能性も高く、安全を考えればやはり鉄道を使うことはやむを得ない。電車もトンネルが多く、間もなく開通の上海―昆明高速鉄道の雲(yún)南區(qū)間約185キロでは7割が橋梁、トンネルで、トンネルの數(shù)は39、全長76キロだそうだ。また雲(yún)桂高速鉄道の雲(yún)南區(qū)間では実にトンネル數(shù)は89あり、434キロの內(nèi)306キロはトンネルとなるそうだ。
現(xiàn)在中國はどこでもそうだろうが、昆明から先の大理、麗江は観光化が進んでいるようで乗客はほぼ満杯だ。観光客も大勢いるが、現(xiàn)地住民の利用も多そうだった。昔と違い今は中國人はスマホやパソコンのネットで列車のチケットを予約、購入する人が多いのだろう。窓口に並ぶ人は昔に比べ確かに少ない。確かに切符購入は便利になった。ただ切符購入には身分証明書の提示が必要で、ネット予約でもID番號、外國人ならパスポートナンバーの記入が必要だ。それでも窓口に並んでいる人たちはスマホを持っていないのか、使い方に習熟していないかなのだろうか。殘念ながら外國人はネット購入には國內(nèi)の決済手段が無いのと、例えば中國人の友人に頼んでネット予約をしてもらっても、自動切符受け取りの機械が中國人身分証明書にしか対応していないため結(jié)局窓口に並ぶしかない。
日本では中國の鉄道建設に関してあまり良く言う人はいないようだ。それは近年高速鉄道の海外輸出を巡って世界のあちこちで日中の売り込み競爭が激化していることが背景にはあると思われる。そのため中國の鉄道建設は過大で、中國鉄路総公司(日本で言えば舊國鉄)の負債額が膨らんでおり、赤字の路線も多々あり、中國の鉄道建設は失敗に終わると結(jié)論付ける向きもある。もちろん中國國內(nèi)でもそうした聲はあるが、中國の國土の広さ、國民生活水準の伸び、都市化の進展といったことを考え合わせれば、まだまだ鉄道の整備、高速化は必要なインフラであろう。高速鉄道や地下鉄といった交通インフラの建設により駅周辺の商業(yè)區(qū)域が拡大し、住宅地が広がり、都市化が進展するなどのシナジー効果を考えれば鉄道が赤字だから即失敗との判斷はどうなのだろうか。中國はそうしたことも考慮した上で、トータルで戦略を練っているように思われる。
今や中國のインターネットの普及は急速で、乗車した列車內(nèi)でも乗客はみんなスマホやタブレットPCなどでそれぞれ動畫や映畫を見たり、音楽を聴くかチャットを楽しんでおり、互いにあまり干渉することもない。昔はみんな大きな荷物を抱え、車內(nèi)では茶葉を入れた空きビンか琺瑯(ほうろう)のカップに車掌サービスして回るお湯を注いでもらい、ひまわりやカボチャの種か果物等を食べちらかしながら、新聞や雑誌等を読み、飽きてくると周りの人々と世間話をするという光景が普通だった。今は車掌たちはノルマがあるのか、売上に対しインセンティブがあるのか、食品や雑貨の実演販売などに余念がないようだ。中國の旅の風景は大きく変わりつつある。
■筆者プロフィール:畝田 宏紀
1956年岡山県倉敷市に生まれ、現(xiàn)在東京在住。神戸市外語大中國語科卒。大學在學中、改革開放政策が始まる直前の1978年に中國に留學。香港駐在11年と中華圏での滯在歴は計15年。金融業(yè)界に30年間従事し、主に大中華圏をはじめアジアでのビジネスが長い。特に最近までの13年間は中國経済、産業(yè)、企業(yè)分析に従事。興味は金融、経済にとどまらず、歴史、文化、言語など幅広い分野にわたる。
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