南シナ海、日本メディア?研究者はかつて「中國領」と記載=大平外相も認める―東アジアに詳しい大學教授

八牧浩行    2017年4月25日(火) 5時20分

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朱建栄?東洋學園大教授は「日本の南シナ海問題研究のバイアス」と題した論考を提示。南シナ海の帰屬問題について、かつて大平正芳外相推薦の世界地図やマスコミ報道で、「中國領」と記されていた事実を明らかにした。寫真は南シナ海。

2017年4月、東アジアの國際関係に詳しい朱建栄?東洋學園大教授は「日本の南シナ海問題研究のバイアス」と題した論考を提示した。このほど発刊された『中國と南沙諸島紛爭』(呉士存著)の訳者解説の中で示したもの。中國の驚異的な臺頭によって「日本のマスコミ、政治家、學會でも中國を見る目に、かつての余裕、平常心、客観性が失われかけている」と指摘。南シナ海の帰屬について、かつては大平正芳外相推薦の世界地図やマスコミ報道でも、「中國領」と記されていた事実を明らかにした。同論考(抜粋)は次の通り。

 

近年、南シナ海問題は東アジアのホットスポットの一つとして注目され、中國と米國との、さらにASEANや日本との関係も、この問題を抜きにしては語れなくなっている。経済?政治?軍事のいずれの面でも、世界的大國としての地位を固めつつある中國の行方を見る上でも、南シナ海政策は中國外交の理念と政策の具現(xiàn)、「平和的臺頭」方針の試金石として位置づけられている。

 

しかし、現(xiàn)在の日中関係の厳しい雰囲気、日本の対中好感度が各國に比べて異常に低い中で、南シナ海問題の真相、それをめぐる中國の真の姿勢や考えはなかなか伝わらない。日中間で「島」や東シナ海をめぐる係爭が激化し、日本経済が足踏みする中で、1990年に日本の8分の1に過ぎなかった中國GDPが日本の2.5倍の規(guī)模に一気に膨らんだこともあり、日本のマスコミ、政治家ないし學會でも中國を見る目に、かつての余裕、平常心、客観性が失われかけていると言わざるを得ない。

中國の脅威?崩壊に関する言説はどんなに外れても一向に咎められないが、「親中國」のレッテルが張られると大変だ?南シナ海問題をめぐる報道、研究も同じようなバイアスがかかる。

南シナ海問題に関して、中國の拡張、小國いじめ、「法的支配」の破壊といったイメージが定著しているが、この百年の経緯、中國側の実際の主張と行動はあまり知られていない。かつてはそうではなかった。

1964年、日本の全國教育図書株式會社が発行した『NEW WORLD ATLAS』に「南沙/ Nansha (China)」と表記されていた。この地図集は國土地理院の承認済みとなっており、しかも當時の外務大臣大平正芳の肉筆署名入りで「推薦のことば」が掲載されていた。

1974年1月、西沙諸島の領有権をめぐって中國と南ベトナム(當時)の間で軍事衝突が起きたが、本書で紹介したように當時の日本主要紙の見解は南沙諸島の領有権に関してほとんど中國側に傾いていた。

 

同月20日に掲載された『朝日新聞』の解説には「南沙諸島の『歴史』をみると、數(shù)世紀にわたって、『中國領土』であったとみられ、世界各國の地図にも中國領と記載されていた」とあり、同日付の『産経新聞』記事も、「歴史上の主張となると中國はもっと古い。(中略)観測筋の間では中國側の主張に軍配をあげる意見がつよい」と書いている。同日の『読売新聞』の記事は「これらの群島に対する中國の領有権主張はその他の國より一段久しい歴史を持っており、今回の事件に中國が激しい怒りを表明することは明らかだ」と伝えた。

日本の學界でも以前は比較的公正、客観的な研究が進められていた。本書の検証によると、かつて日本の地図、年鑑、百科事典の多數(shù)は南沙諸島を中國領と記していた。

 

南シナ海問題について関係諸國の資料を一番詳しく収録し、問題の歴史的経緯をもっとも幅広く検証したのは浦野起央著『南海諸島國際紛爭史研究?資料?年表』(刀水書房、1997年初版)である。 1000ページ以上に及ぶこの巨著の前書きには、「この南海諸島の地域は、古くから中國人が居住し、その往來が確認されてきている」「『中國の?!护扦ⅳ盲磕虾¥沃T島も、現(xiàn)在は、その自然征服と資源開発をめぐって、世界の発火點の一つとなっている」「一九五一年の対日平和條約で、日本は、正式に権限と請求権を放棄し、中國が、すでに接収していた東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島の南海諸島全域の領有権を引き継いだ」と述べられている。

第一列島線と第二列島線に関する論評は、歴史學における基本的な過ちを犯したものだと言える。これらの列島線はもともと中國が提起したものではなく、米國が朝鮮戦爭中に共産主義陣営を封じ込めるために打ちだした包囲網を意味する概念であったからである。

 

「第一列島線」に関するウィキペディアの中國語説明は次のように記されている。「米國國務長官顧問のジョン?フォスター?ダレス(後に國務長官)が1951年の冷戦中に初めて明確に打ち出した概念であり、地理的含意と政治?軍事的な意味の両方があり、東アジア大陸の東岸を封じ込め、ソ連?中國などの共産主義國家に対して抑止力を形成するための用途があった」。(八牧浩行

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、歐州、米國、アフリカ、中東、アジア諸國を取材。英國?サッチャー首相、中國?李鵬首相をはじめ多くの首脳と會見。東京都日中友好協(xié)會特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著?共著に「中國危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外國為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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