<コラム>北朝鮮人の意外な行動(dòng)、私を「公的行事」に無許可で招きバレそうになった彼がしたこと

如月隼人    2017年10月24日(火) 12時(shí)0分

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しばらくして、新たな人物數(shù)人がやって來た。全員男性で背広姿。留學(xué)生に比べれば年配に見える。隣の北朝鮮留學(xué)生に聞いてみたら、「大使館の地位のある人。今日は來ると聞いていなかったけど」と言います。寫真は北朝鮮。

今回も、北京の留學(xué)生時(shí)代に北朝鮮人と接した思い出です。今さらどうしてそんな古いことを書くかといえば、日本人の北朝鮮人に対する「視線」が、警戒心や敵愾心(てきがいしん)で、かなり凝り固まってしまったように思うからです。國(guó)の動(dòng)きや體制に対しての反発があるのは分かります。いや、あって當(dāng)然と思うのですが、北朝鮮庶民に対する感情が、それに流されすぎるのは危険だと考えているわけです。

さて、北京語言學(xué)院(現(xiàn):北京語言大學(xué))という學(xué)校で留學(xué)生活を始めたわけですが、學(xué)校の食堂にも飽きるし、周辺の飲食店に行っても中華料理。だんだんつらくなる。北京市の中心部には日本料理店もありましたけど、貧乏留學(xué)生が、そうそう足を踏み入れることはできない。

そんな時(shí)の切り札が「朝鮮餐庁(チャオシエン?ツァンティン)」でした。日本語で言えば「朝鮮レストラン」かな。北京など中國(guó)北部には、庶民的な店がけっこうあります。経営しているのは吉林省や遼寧省から來た朝鮮族。韓國(guó)人や北朝鮮人ではありません。中國(guó)國(guó)內(nèi)出身の“中國(guó)國(guó)籍のコリアン”です。數(shù)年間だけ北京で商売して金をため、故郷でさらに大きな飲食店を開いたり、會(huì)社を設(shè)立する人も多いと聞きました。

ある日、晝食を取ろうと行きつけの「朝鮮餐庁」に行きました。あれ?扉を開けるといつもと様子が違う。雑然と並べられているはずの四角いテーブルがびっしりと整列。こちらの列にはネクタイ姿の男性、反対側(cè)にはチマチョゴリの女性がずらりと並んで著席。はて?いかなる団體様なのであろうか。

見まわしてみれば、覚えのある顔がひとつ、ふたつ。分かりました。北朝鮮の留學(xué)生一同でした。

前回ご紹介したZ君もその中にいた。店の扉のところで目を白黒させている私を見つけて、やってきました。Z君によると、その日は北朝鮮の「首領(lǐng)様」の生誕日で、北京語言學(xué)院の北朝鮮留學(xué)生一同で、祝賀の宴を執(zhí)り行うことになったとのこと。貸し切りだそうです。

北朝鮮大使館は、留學(xué)生の面倒をよくみていました。こういう祝賀會(huì)の費(fèi)用は、もちろん大使館持ち。北朝鮮から運(yùn)んで來た食べ物や自炊用の食材を配ることもあった。もっともこれは監(jiān)視していることと裏表で、留學(xué)生が大使館に呼ばれたり、大使館から留學(xué)生を視察に來ることも多かったというわけです。

さて、北朝鮮留學(xué)生の貸し切りと聞いて、私はZ君に「それなら仕方ない」と伝えて引き上げようとしました。と、Z君が「ちょっと待ってくれ」と言います。何かと思ったら、彼はその生誕祝いの會(huì)を仕切っているらしい先輩學(xué)生のところに行った。なにか話している。それから、その先輩學(xué)生がやってきて、私に「あなたも一緒に食事をしませんか。歓迎します」と言った。ううむ、これはめったにない機(jī)會(huì)だと思い、遠(yuǎn)慮せずにごちそうになることにしました。

しばらく食べていました。店の中の會(huì)話は朝鮮語。私と周囲だけが中國(guó)語。まあ、私は朝鮮語が分からないから相手が合わせてくれたわけです。もっとも、當(dāng)時(shí)の私の中國(guó)語は今以上にド下手でしたが。

さらにしばらくして、新たな人物數(shù)人がその朝鮮餐庁にやって來た。全員男性で背広姿。留學(xué)生に比べれば年配に見える。隣の北朝鮮留學(xué)生に聞いてみたら、「大使館の地位のある人。今日は來ると聞いていなかったけど」と言います。

新に來た人の中でもとりわけ「?jìng)イ饯Δ省谷宋铯辘我唤扦肆ⅳ盲?。?chǎng)內(nèi)正面といったところです。すると、先ほどの「仕切り役」の先輩留學(xué)生がその隣に進(jìn)み出てスピーチを始めた。

朝鮮語でひとしきりしゃべってから中國(guó)語に切り替えて「今日は、このよき日を祝うために、中國(guó)人の友も來てくれた。皆さん、歓迎しましょう」と言い出しました。店內(nèi)の留學(xué)生一同、私に対して大拍手。何が何だか分からなかったが、私はとりあえず立ち上がり「シエシエ」を繰り返して著席しました。

おじぎはしなかった。中國(guó)人の習(xí)慣にはないから。皆さんの拍手に対して、私も拍手で答禮。ついでに、左右の手を拳にして自分の胸の前で合わせて謝意を示しました。これが中國(guó)式です。

そうか。分かった。日本人を勝手に同席させるのは、いくらなんでもマズかったのだ。だから、中國(guó)人ということにしてしまったな。北朝鮮留學(xué)生は大使館にしょっちゅう呼び出されているから、「エライさん」も見慣れぬ顔が混じっていることに気づき、ヘンだと思うかもしれない。

その先輩學(xué)生は私に対して、「中國(guó)人としてふるまってくれ」とサインを送ったらしい。ううむ。なかなかやるものです。

大使館から來た「エラいさん」は何やらスピーチをして帰りました。その後、會(huì)食はしばらく続き、お開きとなりました。

後から考えると、実に珍しい體験をしたものです。ところで、Z君は何を考えて私を招き入れたのだろう。やはり、よく知っている人が來たので、規(guī)則はともかくとして一緒に食べさせようと考えたのでしょうか。だとしたら、中國(guó)人の発想にも近いですね。さらに、先輩留學(xué)生がOKしたのはどうしてだろう。Z君の面子(メンツ)に配慮したのでしょうか。だとしたら、それも中國(guó)人の発想に近いかな。

日本にいて、北朝鮮人の姿を見る機(jī)會(huì)と言えば、テレビで見かける政治イベントに動(dòng)員された様子とか、取材に答えて自國(guó)を稱賛して米國(guó)に対して憎しみあふれる言葉を述べる様子ぐらいです。國(guó)民全體が完全に洗脳されているようにも見えてしまう。

でも私は、「首領(lǐng)様」の生誕祝賀會(huì)に出席したことで、北朝鮮の庶民は結(jié)構(gòu)したたかで、彼らの自然な「人情」にもとづく行動(dòng)を取るものだし、マズい狀況になった場(chǎng)合には、機(jī)転を効かせて切り抜けることを直接知ることができました。中國(guó)人の発想に近いとも思えましたが、日本人だって似たようなことをしています。つまり、彼らの行動(dòng)は日本人と大差ない、言い方を変えれば彼らの「人間味」を改めて確認(rèn)したというわけです。

メディアはニュースを伝えます。ニュースとは要するに「目新しいこと」です。當(dāng)たり前のことはあまり伝えません。まして北朝鮮での取材は制約が極めて大きい。當(dāng)局の思惑に沿った?jī)?nèi)容とはずれた情報(bào)を収集するのはとても困難でしょう。結(jié)果として、メディアが伝える北朝鮮の庶民像は、実際とはかなり離れてしまう恐れがあるわけです。

私は北朝鮮からの報(bào)道映像などに接するたびに、北朝鮮人は當(dāng)局によって洗脳されている面もあるが、庶民の素樸な感情は日本人と隔絶しているわけでもないと、自分に言い聞かせるようにしています。

■筆者プロフィール:如月隼人

日本では數(shù)學(xué)とその他の科學(xué)分野を勉強(qiáng)したが、何を考えたか北京に留學(xué)して民族音楽理論を?qū)煿ァH毡兢藨盲皮椁鲜长伽毪郡幛司幖浾撙蚣跇I(yè)とするようになり、ついのめりこむ?!钢袊?guó)の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執(zhí)筆。

■筆者プロフィール:如月隼人

1958年生まれ、東京出身。東京大學(xué)教養(yǎng)學(xué)部基礎(chǔ)科學(xué)科卒。日本では數(shù)學(xué)とその他の科學(xué)分野を勉強(qiáng)し、その後は北京に留學(xué)して民族音楽理論を?qū)煿?。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業(yè)とするようになり、ついのめりこむ。毎日せっせとインターネットで記事を発表する?!钢袊?guó)の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執(zhí)筆。中國(guó)については嫌悪でも惑溺でもなく、「言いたいことを言っておくのが自分にとっても相手にとっても結(jié)局は得」が信條。硬軟取り混ぜて幅広く情報(bào)を発信。

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