病気から命救ってくれた日本にありがとう=感謝込め日中友好サイトを開設(shè)―中國

Record China    2010年3月16日(火) 11時26分

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2010年3月、日本僑報(bào)社はウェブサイト「中日友好記念館」について報(bào)じた。同サイトを設(shè)立した王強(qiáng)さんは、日本に命を救われたという感謝の念を込めて日中友好事業(yè)に取り組んでいるという。寫真は同サイト。

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2010年3月、日本僑報(bào)社はウェブサイト「中日友好記念館」について報(bào)じた。同サイトを設(shè)立した王強(qiáng)(ワン?チアン)さんは、日本に命を救われたという感謝の念を込めて日中友好事業(yè)に取り組んでいるという。中國新聞網(wǎng)が伝えた。

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遼寧省瀋陽市で編集者として働いていた王強(qiáng)さん。しかし病という不幸が襲ってきた。主治醫(yī)は「あなたの病気はきわめて珍しいもので、わたしも2例しか見たことがありませんが、いずれも命を落としてしまいました。現(xiàn)在の中國には治療法はありません」と無情にも宣告した。中國の名醫(yī)という名醫(yī)を訪ねたが、治療法は見つからず、あきらめた王さんは、人生の最後を日本に住む娘と一緒に過ごそうと決めた。

そして東京で奇跡が起きた。病気を知った東京大學(xué)の醫(yī)師が王さんの治療に取り組んだのだ。日本や米國の最新資料をかき集め、中國の大學(xué)と連絡(luò)を取り合うなど160日間に及ぶ懸命な治療を続け、ついに王さんは助かった。その命は美しい大地に住む善良な日本人が與えてくれたもの、と王さんは思った。

健康を取り戻した王さんは帰國後、殘された人生を日中友好のためにささげようと決意。マスコミで働いた経験を生かし、日中友好ウェブサイト「中日友好記念館」を設(shè)立した。

日本人は中國人同様、內(nèi)向的でコミュニケーションが苦手な民族ではないか。日本に滯在した王さんはそう感じたという?,F(xiàn)在、日中両國は多くの問題を抱えているが、それもコミュニケーションや交流が不足しているため、あるいはお互いにとってふさわしい交流方法を見つけられていないためだと考えている?!钢腥沼押糜浤铕^」は、両國2000年の交流の歴史を描き出すことで、交流の懸け橋となることを目指している。(翻訳?編集/KT)

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