<サッカー>日韓協(xié)會が暗闘、韓國の「寢返り」に日本が「報復(fù)」―中國メディア

Record China    2010年5月8日(土) 17時28分

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7日、體壇網(wǎng)は、日本と韓國、両國サッカー協(xié)會の暗闘を伝えた。寫真は今年3月、アジア?サッカー連盟のハマム會長と中國國家體育総局運動管理センターの韋迪主任。

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2010年5月4日、日本サッカー協(xié)會の犬飼基昭會長は、W杯招致を2022年に一本化する方針を示した。2018年は歐州開催が濃厚なためとみられ、3日にスイス?チューリヒで國際サッカー連盟(FIFA)のブラッター會長と會談した際にも「2022年への一本化は賢明な選択」と言われたという。7日、中國メディア?體壇網(wǎng)は、一見合理的な選択に見えるが、その影には韓國との激しいつばぜり合いが潛んでいると伝えた。以下はその抄訳。

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歴史的な問題から決して良好な関係ではなかった日韓サッカー協(xié)會。その爭いは2002年日韓W杯でピークに達した。共催が決まった後も名稱を「Korea Japan」にするか、「Japan Korea」にするかなど醜い爭いを繰り広げた。

しかし、その後は一転、協(xié)調(diào)路線へと切り替わった。2009年5月にはFIFA理事選挙で、日韓は協(xié)調(diào)してサルマン?バーレーン協(xié)會會長を擁立。アジア?サッカー連盟(AFC)のハマム會長(カタール?yún)f(xié)會會長兼任)に挑んだが、僅差で敗れた。そして昨年11月、AFC執(zhí)行委員會會議でのこと、韓國の鄭夢準FIFA副會長は「自分は大きな間違いを犯した」と発言。ハマム會長に背いたことをわび、今後は全力で支持すると約束した。

共闘路線から一転、日本に全責(zé)任を負わせる形で韓國は「寢返った」。今回、日本はW杯招致を2022年にしぼったが、アジアのライバル國はカタールと韓國。報復(fù)の意図があると見られる。

AFC、さらには東アジアサッカー連盟の足並みが亂れるなか、中國が置かれた立場も微妙なものとなった?;靵yする情勢のただ中にあって、國內(nèi)の「統(tǒng)治」だけではなく「外交」も必要となったからだ。日韓の衝突などアジアサッカー界の混亂は、中國サッカーにとっての難題となった。(翻訳?編集/KT)

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