<レコチャ広場>臺灣人には耐えられない、中國本土の「行き當たりばったり」

Record China    2011年6月8日(水) 10時44分

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5日、臺灣紙?旺報の特約主筆、宮鈴氏が「『暗黙の了解』が慣れっこになってしまった中國本土の人たち」と題した記事を中國のブログサイトに掲載した。寫真は中國のビジネスマンとビジネスウーマン。

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2011年6月5日、臺灣紙?旺報の特約主筆、宮鈴(ゴン?リン)氏が「『暗黙の了解』が慣れっこになってしまった中國本土の人たち」と題した記事を中國のブログサイト?網(wǎng)易博客に掲載した。以下はその內(nèi)容。

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「それは何とも言えないですね」―。筆者はこの言葉に長年、翻弄されてきた。それでも中國本土での生活が長くなるにつれ、この言葉は「暗黙の了解」に対する期待であることが分かってきた。だが、筆者にとってこうした習慣は苦痛以外の何物でもない。

例えば、別の都市の友人と會う約束をする時。電話でその旨を伝えると、「了解!じゃあこちらに著いたら連絡して!」。これでは全く予定が立てられない。仮にその都市に友人が10人いるとしたら、誰といつどこで會うのか、すべて行き當たりばったりということになる。筆者のように事前にきっちり予定を立てたい人間にとっては、とても耐えられないことだ。

商談の席での「暗黙の了解」は厄介だ。酒の席で話したことは本當に実行してもらえるのか、それとも単に酔った勢いなのか、全く判斷が付かない。業(yè)界特有の暗黙のルールがあることくらいは分かっているが、「私はあなたではないので、あなたが何を考えているのか分かるはずがない」と言いたい気持ちでいっぱいだ。

先日、中國本土の友人がこんな話をしてくれた。彼の會社の香港と臺灣の同僚は出張の際、事前に日程を細かく決めるが、中國本土の同僚の基本スタイルは「とりあえず著いてから決めよう」。著いてからでもどうにかなると思っているところが不思議で仕方がない。

中國社會は國內(nèi)総生産(GDP)だけ見れば、とっくに工商業(yè)社會になっているが、これに人々の意識や習慣が追い付いていない。工商業(yè)社會では「正確さ」が求められる。そうでなければ、良質(zhì)の製品は作れない。ビジネスの契約でも同じだ?!赴迭aの了解」に頼っていては誤解や損失を招くだけ。曖昧な約束は許されないのである。(翻訳?編集/NN)

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