修士卒でも月給3萬円、地下の6畳間暮らし―北京市

Record China    2012年12月19日(水) 20時52分

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19日、中國伝媒大學(xué)科學(xué)研究機(jī)構(gòu)はこのほど、中國の大學(xué)院生の就職狀況は困難とするデータを発表。文科の卒業(yè)生46.3%が、専攻と一致する仕事が見付からず、學(xué)んだことが活かせていないとした。寫真は北京市の地下にある住居。

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2012年12月19日、中國伝媒(メディア)大學(xué)科學(xué)研究機(jī)構(gòu)はこのほど、中國の大學(xué)院生の就職狀況は困難とするデータを発表。文科の卒業(yè)生46.3%が、専攻と一致する仕事が見付からず、學(xué)んだことが活かせていないとした。また、「全國高校(大學(xué)に相當(dāng))卒業(yè)就職狀況」のデータによると、大學(xué)院生の就職率が2009年より3年連続で學(xué)部生(4年制大學(xué))を下回った。さらに、大學(xué)院受験熱も高まるばかりで、2012年、全國修士課程の入學(xué)試験を受けた學(xué)生の総數(shù)は、前年比9.6%増の169萬6000人に達(dá)した。北京の夕刊紙?北京晩報が報じた。

その他の寫真

■北京市で暮らす地方出身者、修士卒でも厳しい生活

高學(xué)歴を誇るにもかかわらず、苦しい生活を余儀なくされている若者の姿は、北京という街で生活することの厳しさを象徴している。溫和でおとなしい性格の徐波(シュー?ボー)さん(27歳男性)は、2010年にバイオエンジニアリングの修士課程を修了した。見知らぬ來訪者である記者にも応対が丁寧で、教養(yǎng)が見て取れた。ただ、修士という學(xué)歴の話になると、ばつが悪そうな顔で、「ただ家を借りるために大家に気に入られたくて、『學(xué)歴は言うに及ばない。ここでは、誰も重視しない』と言った」とトーンを下げた。

山東省済南市付近の農(nóng)村出身の徐さんが北京市に來て借りたのは10平米(約6畳)の部屋で、シングルベッドと折り畳み式洋服タンス、それに機(jī)を置くといっぱいだ。家賃は「インターネットや光熱費(fèi)込みで1カ月800元(約1萬円)」?!?カ月分の家賃を毎月払うだけでよく、數(shù)か月分を事前に払う必要はない。市の中心から數(shù)kmの場所でこの條件だったらいいほう」という。地下にこのような部屋が數(shù)十部屋並び、共同の洗面所とトイレが2カ所ある。ドアを開けるたびに、トイレのいやなにおいが鼻を突く。

■基本給3萬3000円

徐さんは、「北京に來てから行った就職フェアは最終學(xué)歴や大學(xué)、専攻學(xué)科、社會経験を競う修士課程や博士課程の卒業(yè)生でいっぱいだった。とにかく、雇用者側(cè)も今、受け入れのハードルを高くしている。僕たちみたいに、地方の大學(xué)の修士課程を卒業(yè)していても、競爭に勝てない」と肩を落とす。自身の専攻と一致する仕事にこだわっていたため、北京市に來て半年は無職だったという。

そして、手元のお金も底をつこうかという時、今の私営の食品會社を見つけた。徐さんは「化學(xué)検査員なので、専門ともほぼ合致している。保険料を引かれた後の基本給は月2500元(約3萬3000円)」と話すが、學(xué)部卒の卒業(yè)生も修士も、新入社員は一律2500元スタートであることに當(dāng)初少し納得いかなかった。また、「人事部の擔(dān)當(dāng)者は、『技術(shù)のレベルや仕事ぶりを重視している』と言っていた。昇給を願うなら、業(yè)績を上げなければならない」と話している。

今は、修士でも基本給2500元スタートという現(xiàn)狀を受け入れ、「自分の気持ちを整理して、ゼロからスタート」と前向きに語っている。

■修士で両親の期待も大、「実家には戻れない」

同じく地下で部屋を借りている河南省出身の劉桐(リウ?トン)さんも工科系大學(xué)で文系の修士號を取得したが、置かれている狀況は徐さんよりもさらに厳しい。

法學(xué)修士という學(xué)歴を持つ劉さんは取材に対して、「企業(yè)は學(xué)部の出身校が名門かどうかをみる。最初の學(xué)歴が重要。大學(xué)のランクも重要で、採用條件に『985工程(中國教育部が1998年5月に定めたもので、中國の大學(xué)での研究活動の質(zhì)を國際レベルに挙げるために、限られた大學(xué)に重點(diǎn)的に投資していくとしたプロジェクト)に認(rèn)定されている大學(xué)の修士課程修了者以外はお斷り』と書いている企業(yè)もあるほど」と切実に話していた。また、「自分の修士號の価値は高くない」とし、「大學(xué)院生だった3年間、周囲の友人の多くがオンラインゲームや韓國ドラマに夢中で、自分も適當(dāng)に論文を書いて卒業(yè)した」と語った。

社會に出ると、悠長なことは言っていられなくなり、「公務(wù)員試験を2回受けた」というがいずれも「失敗」。「営業(yè)や不動産仲介業(yè)者、家庭教師などもやったが、どれも続かず、今は、小さな弁護(hù)士事務(wù)所で助手をしている」。しかし「法學(xué)修士といっても、弁護(hù)士資格がなければ雑用しかできない。來年司法試験をうけるつもり」だという。

このように2?3000元(約2萬6000?3萬9000円)の給料をもらって、地下の借家に住み、なかなか將來のめども立たないが、「実家には戻れない」という。「都市の人には分からないだろうけど、僕達(dá)を待ち受けている現(xiàn)実とはそのようなもの。北京であくせく働いて、時々家族にお金を送っていれば、両親の顔も立つ。地元に戻るなど両親には決して受け入れられない」。(提供/人民網(wǎng)日本語版?翻訳/KN?編集/內(nèi)山)

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