東日本大震災(zāi)から2年、被災(zāi)地の中國人留學(xué)生は今、地道に活動―華字メディア

Record China    2013年3月6日(水) 13時19分

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5日、東日本大震災(zāi)が発生してまもなく2年を迎える。福島県の福島大學(xué)で今も學(xué)ぶ中國人留學(xué)生の生活をレポートした。寫真は2011年3月下旬、中國?福建省アモイ市で開催された留學(xué)フェア。日本からの出展ブースは閑散としている。

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2013年3月5日、日本の華字メディア?中文導(dǎo)報は、「日本の大地震から2周年、被災(zāi)地の華人留學(xué)生の生活も回復(fù)」と題した記事を掲載した。以下はその概要。

その他の寫真

福島県の県庁所在地?福島市は放射能漏れ事故の起こった福島第一原子力発電所から直線距離で61.5km離れた場所にある。同市內(nèi)にある福島大學(xué)には119人の中國人留學(xué)生が學(xué)んでいる。2年前の東日本大震災(zāi)発生直後、彼らは中國大使館などの協(xié)力の下、全員が一時的に福島県を離れた。しかし、地震発生から3カ月後、1人の學(xué)生を除いて全員が大學(xué)に戻った。

福島大學(xué)の大學(xué)院で學(xué)ぶ董暁(ドン?シャオ)さんは、震災(zāi)後の3月26日にいったん帰國したが、4月末に戻ってきた。その後は基本的に大學(xué)の研究室で過ごしていたという。研究室內(nèi)の放射線量は非常に低く、彼女の指導(dǎo)教授が線量計を用いて常に計測していた値では、このころには約0.05マイクロシーベルト前後で落ち著いていた。2011年の夏休み、董さんは「今すぐ中國に帰國することでき來ない。指導(dǎo)教授が風(fēng)評被害に遭っている福島の農(nóng)産物をどうやって販売すれば良いのかを研究しているので、私もそれに協(xié)力したいから」と話していた。

今年になって再び董さんを訪ねたところ、「現(xiàn)在、福島県內(nèi)の放射線量は基準(zhǔn)値を下回っている。窓を開け放していても平気。布団を干すのはちょっと勇気がいるけど。スーパーで売っている米や野菜も安全だし」と言う?!负M猡稳摔细uと聞いただけで『汚染された場所』と思うようだけど、全然そんなことない。心配するようなことは何もないのに」と語った。

董さんたちは現(xiàn)在、農(nóng)家の人たちと共に、収穫した果実の放射性物質(zhì)検査を行っているが、その結(jié)果は基本的に國の基準(zhǔn)値以下で、「0」という數(shù)値が出ることもあるという。

彼女のほかに、中國から嫁いできた女性らも現(xiàn)在は基本的に震災(zāi)前の生活を取り戻しているようだ。ある女性の嫁いだ家庭では、政府の補助金で自宅修繕費のほとんどをまかない、仮設(shè)住宅の生活を脫出。津波で失ったマイカーは自費で新車を買うしかなかったが、ホテルのパートとして再就職も決まり、元気に暮らしているようだ。(翻訳?編集/本郷)

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