工藤 和直 2019年6月16日(日) 15時10分
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廈門島はブーゲンビリアの花が一年中咲き、街角は歐州の雰囲気がする。
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廈門島はブーゲンビリアの花が一年中咲き、街角は歐州の雰囲気がする。その意味で山東省青島にも似ている。明代1387年(洪武20年)、廈門城が築かれて「廈門」という地名が初めて使用された。廈門城は周囲420丈(1270m)で4つの城門があり、城樓もあった。清代には拡張されて600丈(1800m)になった。廈門城は現(xiàn)在の中山公園の西にあたり、廈門市公安局がその中心地になる。古城西路や古城東路は城壁があった跡で中山路と交わる場所に南門があった(寫真1)。廈門城は倭寇対策を目的に築かれ、西の海岸線に100を超える小城が築かれた。
【その他の寫真】
明末清初1650年(永暦4年)、鄭成功は廈門を本拠地とし“思明州”と命名して反清活動を行ったが、1680年(康熙19年)ついに清朝に占領(lǐng)された。1684年(康熙23年)から対外貿(mào)易を再開、廈門は中國人商人による東南アジア貿(mào)易の拠點として繁栄、また臺灣の開発が進むにつれて臺灣との貿(mào)易も増大した。
1841年(道光21年)、アヘン戦爭時にイギリス軍により占領(lǐng)され、翌年の南京條約によって諸外國に開港、その後は茶葉の積出港として海外に知られるようになった。1844年にイギリス租界が、廈門島西岸の水操臺と南較場(現(xiàn)在の避風(fēng)塢付近)に作られた。その後、1852年以降は現(xiàn)在で言えば海岸線を走る鷺江道に沿って、南から中山路?昇平路?大同路?開元路付近の海岸沿いに“海后灘イギリス租界”ができあがった?,F(xiàn)在の鷺江賓館は、當(dāng)時の中心地にあたる中山路と昇平路との中間にある古いホテルで、1878年に匯豊銀行や交通銀行が付近に作られた。開元路の北に東西幹線路である廈禾路があるが、當(dāng)時は海であった。廈禾路の北にある篔簹(員當(dāng))湖は淡水湖であるが、當(dāng)時は內(nèi)港と呼ばれる入江だった。
日本は日清戦爭後の1895年(明治28年)下関條約によって重慶?蘇州?杭州?沙市の開港と専管租界開設(shè)準備と工場建設(shè)など商工業(yè)活動(第六條四項)の承認を得て、1896年「日清通商航海條約?や専管租界條約によって上海?天津?漢口?蘇州?杭州?重慶?廈門(アモイ)?沙市?福州での租界開設(shè)を認めさせたが、廈門(アモイ)?福州?沙市は住民の反対などで実現(xiàn)できなかった。上海は共同租界地內(nèi)に押し込まれ日本専管租界とはならなかった。
1896年9月、鼓浪嶼(コロンス島)の1/3とその対岸の廈門島虎頭山(現(xiàn)在の鴻山公園)周辺の22萬坪を日本専管租界とする“廈門日本人専管居留地畫定”を結(jié)んだが、1898年には住民運動(虎頭山租界事件)により日本人租界地は実現(xiàn)しなかった。鼓浪嶼(コロンス島)にある日本領(lǐng)事館(鹿礁路24號)はこの時に造られた?,F(xiàn)在は改裝中であるが、最近まで廈門大學(xué)職員寮として使われていた。(寫真2)は領(lǐng)事館建家と正面入口付近である。東門前には石碑が置かれ、その説明書から2階建?地下1階の建屋面積2930m2で、2階には和室も作られた。1928年には2棟を増築し、警察本部と寄宿舎となった。警察本部には地下監(jiān)獄が作られ、終戦まで抗日志士が軟禁されたという。1937年に総領(lǐng)事館に昇格、付近には英國領(lǐng)事館やドイツ領(lǐng)事館跡などもあった。
■筆者プロフィール:工藤 和直
1953年、宮崎市生まれ。1977年九州大學(xué)大學(xué)院工學(xué)研究科修了。韓國で電子技術(shù)を教えていたことが認められ、2001年2月、韓國電子産業(yè)振興會より電子産業(yè)大賞受賞。2004年1月より中國江蘇省蘇州市で蘇州住電裝有限公司董事総経理として新會社を立上げ、2008年からは住友電裝株式會社執(zhí)行役員兼務(wù)。2013年には蘇州日商倶楽部(商工會)會長として、蘇州市ある日系2500社、約1萬人の邦人と共に、日中友好にも貢獻してきた。2015年からは最高顧問として中國関係會社を指導(dǎo)する傍ら、現(xiàn)在も中國関係會社で駐在13年半の経験を生かして活躍中。中國や日本で「チャイナリスク下でのビジネスの進め方」など多方面で講演會を行い、「蘇州たより」「蘇州たより2」などの著作がある。
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