中國(guó)メディアが自國(guó)の艦上戦闘機(jī)?開発「失敗史」を紹介―離著艦性能、燃料消費(fèi)、エンジンなどで問(wèn)題続出

Record China    2019年7月1日(月) 7時(shí)10分

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中國(guó)メディアの新浪網(wǎng)は、中國(guó)が艦上戦闘機(jī)の開発で失敗を繰り返した事例を紹介する記事を発表した。寫真は中國(guó)のJ-8II戦闘機(jī)。艦上戦闘機(jī)への改造が試みられたが、試作機(jī)は「こんな戦闘機(jī)は存在しない」と酷評(píng)するしかなかったという。

中國(guó)メディアの新浪網(wǎng)は2019年2月28日付で、中國(guó)が艦上戦闘機(jī)の開発で失敗を何度も繰り返した事例を紹介する記事を発表した。同記事はまた、開発に當(dāng)たってはソ連/ロシアの航空機(jī)を「模倣」したと認(rèn)めた。

記事によると、中國(guó)海軍が航空母艦の保有を望み始めたのは1970年代だった。1980年代には空母と艦載機(jī)の研究と開発に著手した。艦上戦闘機(jī)の開発としてまず行ったのは、成都飛機(jī)航空集団(成飛)が製造するJ-7(殲7)と瀋陽(yáng)飛機(jī)航空集団(瀋飛)のJ-8II(殲8II)の改造だった。

記事は特に觸れていないが、J-7はソ連のMiG-21の設(shè)計(jì)を元に作られた戦闘機(jī)で、J-8シリーズはJ-7の発展型だ。MiG-21の初飛行は1955年でソ連軍による運(yùn)用開始は59年。改良を重ねつつ累計(jì)1萬(wàn)機(jī)が製造されている。ほぼ同時(shí)期の米國(guó)戦闘機(jī)F-4の製造機(jī)數(shù)が約5200機(jī)だったことを考えれば、MiG-21は「成功した機(jī)體」だったと評(píng)価してよいだろう。一方、J-7の初飛行は66年で、運(yùn)用開始は67年。J-8は初飛行が69年で運(yùn)用開始は80年だった。

記事は、J-7とJ-8IIのいずれも艦上戦闘機(jī)への改造に失敗したと紹介。両機(jī)種ともマッハ2での高速飛行を?qū)g現(xiàn)するためにデルタ翼(三角翼)を採(cǎi)用しており、高空高速飛行時(shí)には高い性能を発揮したが、離著艦の際の性能は劣ったという??漳袱酥灓工腚Hの時(shí)速は300キロメートル近くに達(dá)した。そのため、艦載機(jī)として「完全に不合格」と見(jiàn)なされたという。

記事によると、J-8IIには搭載エンジンの問(wèn)題もあった。燃料消費(fèi)が大きく、壽命は短く、さらに海上で使用した場(chǎng)合、エンジンが腐食しやすい問(wèn)題があった。燃料消費(fèi)の問(wèn)題については、機(jī)體外部に「増槽」を取り付ける方法もあるが、機(jī)體の形狀の関係で増槽の容量に大きな制限がでた。記事はJ-8IIを艦上戦闘機(jī)として改造した試作機(jī)について、「こんな戦闘機(jī)は存在しない!」と言えるほどに性能が劣っていたと酷評(píng)した。

瀋飛は次に、J-13の改造を試みたという。J-13は1970年代初頭から開発計(jì)畫が進(jìn)められたが、國(guó)家予算を経済分野により多く配分することが急務(wù)とされ、81年に開発中止が決まった。

記事によると、J-13は米海軍などが採(cǎi)用した艦上戦闘機(jī)のF/A-18CDと外観が似ており、増槽や対艦ミサイル、対空ミサイルの搭載可能量が大きく、高速飛行時(shí)の性能もよいことで、期待されたという。

成飛も、失敗に終わったJ-7の改造から発想を切り替え、F/A-18に似たタイプの艦上戦闘機(jī)開発に取り組むことにした。両社が開発する戦闘機(jī)は、基本的に共通する面があったという。

しかし問(wèn)題になったのは、中國(guó)がエンジン技術(shù)の面で劣っていたことだったという。十分な推力を得られないだけでなく、信頼性も低かった。J-13は単発機(jī)だったが、単発機(jī)では艦上戦闘機(jī)として安全性の問(wèn)題を解決できないと判斷された。雙発機(jī)への改造も、機(jī)體全體の設(shè)計(jì)から不可能との結(jié)論になった。成飛が開発する艦上戦闘機(jī)も単発だったので、同様の結(jié)論だった。

最終的に、中國(guó)初の艦上戦闘機(jī)として採(cǎi)用されたのは、瀋飛が開発したJ-15だった。記事はJ-15の開発に當(dāng)たっては、ソ連のスホーイ設(shè)計(jì)局によるT-10K-7と、中國(guó)がSu-27SKを模倣して開発したJ-11Bで成功した経験を結(jié)合したと紹介。中國(guó)メディアは、自國(guó)で何らかの改良が加えられた航空について「自國(guó)で開発」などと紹介する場(chǎng)合が多いが、同記事の場(chǎng)合にはソ連/ロシア製航空機(jī)の「模倣」と明確に紹介している點(diǎn)が興味深い。

記事によると、成飛は改めて、すでに採(cǎi)用されていた単発戦闘機(jī)のJ-10を雙発機(jī)に改造した艦上戦闘機(jī)を開発した。しかし軍側(cè)は「理論計(jì)算では必要な性能を備えているが、リスクが高すぎ、経験にも乏しい」との理由で採(cǎi)用しなかったという。

艦上戦闘機(jī)として採(cǎi)用されたJ-15のベースになったT-10K-7はスホーイ設(shè)計(jì)局が新型戦闘機(jī)の試作機(jī)として作ったもので、同機(jī)體は後にSu-33戦闘機(jī)として完成した。中國(guó)海軍がJ-15を採(cǎi)用した理由はまず、T-10K-7は試作機(jī)ではあるが成熟度がすでに高いと判斷されたからという。さらに必要があれば、完成機(jī)であるSu-33が參考にするための「隠れたコンサルタント」になってくれることが期待できたからという。(翻訳?編集/如月隼人

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