日本は1905年以前には“獨島は韓國の領(lǐng)土”と認めていた―韓國

Record China    2013年9月24日(火) 12時40分

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23日、環(huán)球網(wǎng)は記事「1905年以前に日本は“獨島は韓國の領(lǐng)土”と認めていた―韓國」を掲載した。韓國國會図書館は『日本史料を通じて見る獨島』を出版した。資料寫真。

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2013年9月23日、環(huán)球網(wǎng)は記事「1905年以前に日本は“獨島は韓國の領(lǐng)土”と認めていた―韓國」を掲載した。

その他の寫真

22日、韓國?紐西斯通訊社によると、韓國國會図書館は20日、『日本史料を通じてみる獨島』を出版した。1905年に日本は竹島(韓國名は獨島)を島根県隠岐島司の所管とすることを閣議決定した。

だがこれ以前に日本は竹島を自國領(lǐng)土とみなしていなかったばかりか、朝鮮の領(lǐng)土だと認めていた。それは日本側(cè)史料から明らかだという。その証拠となるのが1693年の安龍福事件だ。

竹島で漁をしていた朝鮮の漁民?安龍福は日本人に捕らえられた。竹島の領(lǐng)有権をめぐる日本と朝鮮の國際問題となったが、3年後に江戸幕府は両島を朝鮮の領(lǐng)土と認め日本人の渡航を禁じた。

他にも竹島を朝鮮の領(lǐng)土と記した日本の古地図や『朝鮮沿岸水路志』が展示された?!撼r沿岸水路志』は1933年に日本海軍省が出版したもので、竹島を鬱陵島の付屬島嶼と明記している。(翻訳?編集/KT)

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