韓國人映畫監(jiān)督が慰安所を訪問―江蘇省南京市

Record China    2013年11月12日(火) 12時34分

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11日、現(xiàn)代快報は、韓國人ドキュメンタリー映畫監(jiān)督?李吉道氏が南京市の慰安所を訪れたと報じた。寫真は慰安所舊跡。

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2013年11月11日、現(xiàn)代快報によると、南京市秦淮區(qū)福安里に住む李興國(リー?シングゥオ)さんを、韓國人のドキュメンタリー映畫監(jiān)督?李吉道(Lee,Kil-Do)氏が訪れた。

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「ここがかつての“松下富貴慰安樓”さ」と話す李興國さんはこの場所で長く暮らしてきた。李さんはもちろん當時の歴史を體験していないが、父親などから當時の話をよく聞かされたという。李監(jiān)督は李興國さんに紹介され、90歳以上になる元慰安婦の陳祥順(チェン?シアンシュン)さんを尋ねた?!笍娭频膜摔长长诉Bれて來られた。日本人は食べ物さえくれなかった」と當時を振り返りながら興奮気味に語る陳さんの撮影は1時間半ほど続いた。

李監(jiān)督によると、撮影中のドキュメンタリー作品は、歴史上迫害を受けた女性とその女性を取り巻く物語をテーマとしたもの。韓國では慰安婦問題への関心が高い。陳さんのような當時の歴史を知る人から直接話を聞くことが、再び南京を訪れた目的だという。

松下富貴樓慰安所は、1931年から2年がかりで建てられた。3棟建てで約40部屋、建築面積は約1200平方メートル。日本軍による南京占領後、憲兵隊により修理改造が行われ、慰安所とされた。門前に建てられたセメント製の碑には「松下富貴樓」の文字が記されていた。日本人の松下氏とその夫人が経営し、慰安婦の多くが日本人と中國人だった。慰安所は1992年の道路拡張工事のため取り壊された。日本式の浴槽や畳、家具などが今も殘されている。(翻訳?編集/NY)

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