朝鮮戦爭の英雄でも「親日派」、「再びあらわになった理念の亀裂」と韓國紙

Record China    2020年7月18日(土) 13時(shí)20分

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朝鮮戦爭の英雄として知られる白善ヨプ氏の死後、韓國で論爭が巻き起こっている。白氏は「親日派」と斷罪された経緯があり、韓國紙は「再びあらわになった理念の亀裂」と報(bào)じた。寫真は韓國國旗。

朝鮮戦爭の英雄として知られ、10日に99歳で死去した白善ヨプ氏をめぐり、韓國で論爭が巻き起こっている。白氏は日本統(tǒng)治時(shí)代の舊満州國軍の將校で2009年に「親日反民族行為者」と公式に斷罪された。ソウルの國立墓地への埋葬は見送られ、韓國紙は「再びあらわになった理念の亀裂」と報(bào)じた。

1920年11月、平安南道江西郡で生まれた白氏は、波亂萬丈の韓國現(xiàn)代史に特異な人生の軌跡を殘した。1940年、舊満洲の奉天軍官學(xué)校の9期として入校し、朝鮮人特殊部隊(duì)の將校になった。1950年6月、朝鮮戦爭が起きると、國軍第1師団幹部として洛東江の「多富洞の戦い」などで功績を挙げ、10月には米韓両國軍を合わせて最初に平壌に入城した。

1953年1月、32歳で韓國陸軍初の大將に昇進(jìn)。陸軍參謀総長などを歴任した後、退役し、駐カナダ大使や樸正煕政権の交通部長官などを務(wù)めたが、満州時(shí)代の経歴から樸元大統(tǒng)領(lǐng)らとともに廬武鉉政権下で「反民族特別法」によって発表された親日人名辭典に日本の韓國植民地統(tǒng)治に協(xié)力した親日派としてリストアップされた。

朝鮮日報(bào)などによると、白氏に関して韓國政府は朝鮮戦爭の戦死者が眠る國立ソウル顕忠院への埋葬を「場所がない」との理由で斷念。埋葬地は國立大田顕忠院に決まった。

同紙は社説で「白將軍がいなければ、今日われわれが享受している自由と平和と繁栄はなかったし、大韓民國そのものが存在しなかっただろう」と指摘。「偉大な護(hù)國元老が自ら命懸けで守り抜いた祖國から晩年に受けた仕打ちを考えると、慘たんたる思いがするどころか信じられないほどだ」と韓國政府を非難した。

これに対し、左派系の正義黨報(bào)道官は「白氏は日本が朝鮮獨(dú)立軍部隊(duì)を討伐するために設(shè)立した間島特設(shè)隊(duì)に屬し、獨(dú)立運(yùn)動家を弾圧した張本人」だとして、顕忠院の埋葬自體に反対した。左派系団體からは「白將軍が行くべきところは顕忠院ではなく靖國神社」という発言まで出ているという。

ハンギョレ新聞は「白氏をめぐるこのような認(rèn)識の差は、大韓民國の正統(tǒng)性を1945年8月の“解放”と大韓民國臨時(shí)政府に見出そうとする勢力と、韓國単獨(dú)政府樹立に向かった李承晩元大統(tǒng)領(lǐng)の決斷とその成果物である1948年8月の“建國”に置こうとする勢力の間の対立を反映するものでもある」と言及。文在寅政権の與黨側(cè)の一部が「親日派破墓」などの內(nèi)容を盛り込んだ國立墓地法改正案の可決に強(qiáng)い意欲を見せていることなどから、「議論は白氏の死後にも容易には収まらないと予想される」と伝えた。(編集/日向)

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