<コラム>法治主義 rule of law

石川希理    2020年7月28日(火) 22時50分

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「法治主義」「三権分立」これが近代國家である。「民主主義」も「法治主義」「三権分立」も、現(xiàn)代の國家はほとんど「我が國もそうである」という。

「わ、英語がでてきたでんな!」

「えへん!ルール?オブ?ロウ、法の支配というな」

「突然、えらい高尚な、話でんな?」

「実は、まえに、『皇帝の世紀(jì)』を書いていて、ふと、突然、そうか、現(xiàn)在の世界は、平準(zhǔn)化ではなく、爆発的拡大化に向かっているのではないか、と考えてな」

「ワーン、なんのこっちゃい?」

「えらいこっちゃい!」

「ワワワ、ワーン」

さて、ロシアも、中國も、なんと北朝鮮さえも、民主主義を標(biāo)榜する國である。そこでは、近代國家としての基本的な仕組み、「法の支配」が行われる。

中學(xué)の社會科などで習(xí)ったと思うけれども、支配する人が「あいつ気に喰わんから、牢屋へほりこめ」「文句言うから殺してしまえ」とか、「あいつは『うい奴じゃ』稅金まけたれ」「あいつの犯罪はもみ消したれ」となると、これはもうかなわない。

支配する人間が、勝手に「明日から消費稅は40%にする」「ワシだけ右側(cè)通行はやめて、真ん中通行を許す(笑)」というのもかなわない。

で、簡単に言うと、「決まりを作って、それに従いましょう」ということにした。端折るが、「決まり」も、勝手に作られたらカナワンから、選挙で選ばれた人が、みんなで決めて作りましょうという「議會制度」を作った。

「決まりを作って、知らせて、守るような制度を作りましょう。ついでに、決まりを破ったら、この場合は「牢屋に100日入って貰いましょう」などという「制度?組織」を作った。

「ワーン、知ってまっせ、三権分立や。法を作る?実行する?裁くでんな。立法?行政?司法でっせ。おまけに、この三つを相互に監(jiān)視させるようにした。チェック?アンド?バランスや」

「ワン、お前詳しいな?」

「中學(xué)の公民の試験で、ここだけ満點でしたんや」

「ん? ワン、お前、犬やろ?」

「イヌ中學(xué)でんがな」

「……、まあ、ええか」

でまあ、「法治主義」「三権分立」これが近代國家である?!该裰髦髁x」も「法治主義」「三権分立」も、現(xiàn)代の國家はほとんど「我が國もそうである」という。

さて、我が國、日本はドイツなどと同じく、英仏などから遅れて発展した資本主義國である。第二次大戦を経て、高度に経済成長をして、豊かになり、自由?平等の民主主義國家になった。

ところが、ロシア?中國?あるいは韓國となると、程度の差はあっても近年、急速に経済成長をしつつある國だ。どの國も、內(nèi)需は成長途中であり、経済は輸出に偏りやすく、跛行的な歩みをしている。

こういった國家では、「法の支配」は、難しい。國民の精神的?道徳的支持基盤も、即ち理性的な「正義」も成熟していない。

教育もその発展は十分ではない。本來、「國家100年の大計」といって中立的教育システムであるべきだが、知的な側(cè)面が感情に支配され、間違った歴史認(rèn)識も正當(dāng)化されてしまう。

つまり、「法治國家」「法の支配」といいつつ、その実際は「形式的法治主義」である。

「えらい、難解になってきましたで」

「ああ、要は、中味がない、まだ充実していない、形だけ、という意味だな」

「中味というものも、曖昧でんな」

「うん、ええこというなあ、ワンは」

この民主主義、法の支配が成熟しているという意味では、やはり議論はあっても、イギリスがお手本である。なにせ、憲法がない。

「ええっ?ないんでっか?」

「ニヤニヤしつつ言うな! イヌ中學(xué)で習(xí)っただろう。どうもイヌ中學(xué)というのは、なんだかな 語呂が良くないな」

「ワン、ワン中學(xué)か、ドッグ中學(xué)、まあ犬の祖先のオオカミからとって、ウルフ中學(xué)」

「……」

元に戻って、イギリスには成文憲法がない。つまり文章化されてまとまったモノがない。慣習(xí)だ。これは驚く、作りあげてきた決まりを、みんなが守っているということである。

これほどでなくても、日本やドイツは厳格に憲法を守ろうとするし、アメリカにしたって、なんやかやと言いつつ、みんなで憲法を修正しつつ「法の支配」である。

だが殘念なことに、法が恣意的に作られたり、勝手な解釈をされる度合いが、我々から見て大きすぎるのが、東アジアやロシアである。

「不思議でんな」

「なにが?」

「民主主義が、わてらのものと違っても、法を守ろう、信じ合おうというのは、東アジアの伝統(tǒng)でっせ」

「あらら、ワンに教えられた」

「イヌを馬鹿にしたらあきまへん」

「別に馬鹿にしてはないけれど、確かに中國の孔子などは、儒教で『仁?義?禮?智?信』を言っているな。その儒教の影響がもっとも強(qiáng)いのは韓國とされているが…」

吾輩は、ワンの顔を改めて見て、頷いた。

確かに、中國も朝鮮も儒教國家であった?!袱ⅳ盲俊工韦扦ⅳ?。中國?北朝鮮は共産主義國家になっている。また、儒教の教えが中國より強(qiáng)いと言われていた韓國は、「告げ口外交」の國家だし、日韓の條約や、合意などもいとも簡単に破棄する。程度差の問題だろうが、噓を言っても許される社會、噓が蔓延する社會、だから人を信じず警戒する社會が出來あがった。

「ご主人はん、まあ、日本の皆さんは正直、お人好しでんな」

「うむむむむむ…。素晴らしい性質(zhì)だと思うが…」

考えてみると、孔子は2500年ほど前の中國が『仁?義?禮?智?信』を必要としたから、それを訴えたのかも知れない。國家として、民族として、そうあろうと理想を描いたが、結(jié)局、定著しなかったのかも知れない。

民度というものが高くなるには、ある程度、経済が十分に発展し、人々が余裕を持ちそれが、生活の中に浸透する必要があるのだ?!阜ㄖ沃髁x」といっても、それは、人が人を信頼する前提でなければ、三百代言のように詭弁をろうすることになるだけなのだ。

國家の基礎(chǔ)は、「真面目」だと考えている。まあ、個人もそうだ?!阜ㄖ沃髁x」も、真面目故に効果的なのだ。真面目すぎるのはダメだと言われる。確かに金科玉條主義は困るが、「真面目」を攻撃するのはたいてい不真面目人間である。人類社會が「真面目」であることを願っている。

■筆者プロフィール:石川希理

1947年神戸市生まれ。団塊世代の高齢者。板宿小學(xué)校?飛松中學(xué)校?星陵高校?神戸學(xué)院大學(xué)?仏教大學(xué)卒です。同窓生いるかな?小説?童話の創(chuàng)作と、善く死ぬために仏教の勉強(qiáng)と瞑想を10年ほどしています。明石市と西脇市の文蕓祭りの選者(それぞれ隨筆と児童文學(xué))をさせていただいています。孫の保育園への迎えは次世代への奉仕です。時折友人達(dá)などとお酒を飲むのが楽しみです。自宅ではほんの時折禁酒(笑)。中學(xué)教員から県や市の教育行政職、大學(xué)の準(zhǔn)教授?非常勤講師などをしてきました。児童文學(xué)のアンソロジー単行本數(shù)冊。小説の自家版文庫本など?!竿捊}本の読み方とか、子どもへの與え方」「自分史の書き方」「人権問題」「瞑想?仏教」などの講演會をしてきました。

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