〈一帯一路実踐談48〉なぜ有名?「五星出東方利中國」錦

小島康譽(yù)    2020年12月19日(土) 16時20分

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1988年筆者ら「日中共同ニヤ遺跡學(xué)術(shù)調(diào)査」第一次隊(duì)も小都市ミンフゥンから4日間悪戦苦闘して遺跡中心に殘存する仏塔へたどり著いた。寫真は鳳凰?瑞雲(yún)?白虎なども織り込まれた「五星出東方利中國」錦。

今年7~8月NHKは「シルクロード」を再放送した。40年前にタクラマカン沙漠ニヤ遺跡へ苦労して到達(dá)する様子も放送された。1988年筆者ら「日中共同ニヤ遺跡學(xué)術(shù)調(diào)査」第一次隊(duì)も小都市ミンフゥンから4日間悪戦苦闘して遺跡中心に殘存する仏塔へたどり著いた。

以來苦労を重ねて、1995年第七次調(diào)査で「五星出東方利中國」錦を発見した。この大発見は中央へ速報され、「特別」評価を受けた。人民日報?CCTV?日経?NHKなどで大きく報道された。「1995年中國十大考古新発見」「20世紀(jì)中國考古大発見100」に選ばれた。2002年「五星」錦は中國の膨大な全文物から「出國展覧禁止文物」64點(diǎn)のひとつに選出され、「國寶中の國寶」となった。ニヤ調(diào)査30周年にあたる2018年中國側(cè)は新疆博物館で「ニヤ?考古?物語-中日ニヤ調(diào)査30周年成果展」を開催し、「五星」錦が特別展示され人気を博した。日本側(cè)は『中國新疆36年國際協(xié)力実録』を出版。2019年には「五星出東方利中國」錦がCCTVの人気番組「國家寶蔵」で大々的に放送された。

(CCTV日曜夜90分の大型番組「國家寶蔵」で「五星」特番)

五星とは太陽系の「水?金?火?木?土」の5惑星。東方に同時に現(xiàn)れることは珍しく、中國などでは古來より吉兆とされている?!肝逍恰瑰\の「中國」は當(dāng)時の中原地方を指している。製作年代は2~3世紀(jì)。中原王朝から西域36國「精絶國」(ニヤ遺跡)の王に贈られたとされている(兪偉超中國歴史博物館長?故人)。幅18.5×縦12.5cm、これに紐が縫い付けられている。元々の織物「五星出東方利中國討南羌」から弓を射る際の「肘當(dāng)」用に加工された。具體的検出場所はニヤ遺跡95年1號墓地M8男女合葬棺。

(「五星出東方利中國」に関する書籍?盾?ワインなど〈部分〉)

「五星出東方利中國」をYahooで検索するとヒット數(shù)は數(shù)萬、中國「百度」では560萬余(20.11.09時點(diǎn))も。書籍も學(xué)術(shù)書から寫真集まで數(shù)百、記念品もネクタイやスカーフなど數(shù)百種。発掘して25年も経つのになぜこれほど有名なのか、なぜ重要なのか?「吉兆」文物であると同時に「中國」と現(xiàn)中國旗の「五星」が織り込まれているからである。タクラマカン沙漠の古代王國と中原王朝との密接な交流を示しているからであり、中國と外國(日本)との共同発掘でもあるからだ。David W.Pankenier教授によれば、五星が次に東方に並ぶのは2040年9月9日とか。皆様ぜひご覧ください。小僧は浄土から眺めることになる。

蛇足:NHK「シルクロード」では「ほぼ70年ぶりの外國人によるニヤ遺跡踏査」と。正確には「ほぼ50年ぶり」である。スタインが第四次新疆探検でニヤ遺跡を発掘したのは1931年だからだ。第四次新疆探検は「ビザ取消?出國命令」と「屈辱的失敗」に終わり、報告書を出しておらず、スタインの新疆探検は3回とされてきたための誤りであろう。興味おありの方は拙論「スタイン第四次新疆探検とその顛末」(佛教大學(xué)HP)約11萬字と長文ながら検索ください。ボドリアン図書館スタイン日記や中國政府史料などから明らかにした。

■筆者プロフィール:小島康譽(yù)


浄土宗僧侶?佛教大學(xué)內(nèi)ニヤ遺跡學(xué)術(shù)研究機(jī)構(gòu)代表?新疆ウイグル自治區(qū)政府文化顧問。1982年から新疆を150回以上訪問し、多民族諸氏と各種國際協(xié)力を?qū)g施中の日中理解実踐家。
ブログ「國獻(xiàn)男子ほんわか日記」
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