人民網(wǎng)日本語版 2021年5月18日(火) 13時40分
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他の人にしてみると、ちょっと個性的なファッションかもしれないが、舒さんにとって漢服は「普段著」であり、買い物に行く時も、街をぶらぶらする時も、旅行に出かける時も、常に漢服を著ている。
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デザイン畫を描き、材料をカットし、ワイヤーをくくり付けながら花の形を整えていく。こうして舒秋紅さんが、器用な手つきで仕上げた花の髪飾りを頭に付けると、明代風(fēng)の漢服にピッタリなコーディネイトとなった。他の人にしてみると、ちょっと個性的なファッションかもしれないが、舒さんにとって漢服は「普段著」であり、買い物に行く時も、街をぶらぶらする時も、旅行に出かける時も、常に漢服を著ている。中國新聞網(wǎng)が伝えた。
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貴州省の田舎で生まれた舒さんは、子供の頃からミャオ族の刺繡文化の影響を受けて育った。そして、2015年に、北京の學(xué)校に通うようになったものの、偶然出會った「漢服」のとりこになり、それを自分の仕事とするまでになった。
大學(xué)時代に漢服サークルに入っていた舒さんは、「漢服は、女性の淑やかさを存分に引き出してくれ、一目見ただけでその虜になった」と、「一目惚れ」や「どんどんはまっていった」という言葉を使って漢服に対する熱い思いを語る。
毎日違う漢服を著て、違うアクセサリーを付けるために舒さんは、たくさんの古書や文獻資料を調(diào)べ、専門家に教えを請い、漢服やアクセサリーの作り方を?qū)Wんだという。舒さんは、「自作の花の髪飾りやかんざし、ヘアピンは、漢服仲間の間でも高く評価されている。その達成感が、さらに多くのスキルを?qū)Wび、さらに多くの作品を作る力になっている。中國にある『豈に衣無しと曰い、子と裳を同じうせんや(豈曰無衣、與子同袍)』という言葉から、漢服仲間は互いに『同袍』と呼び合い、漢服文化について語り合って楽しんでいる」と話す。
大學(xué)卒業(yè)後、舒さんは教師の仕事をしながら、暇を見つけては漢服やアクセサリーを作成したり、漢服関連のイベントに參加したりしていた。その後、「漢服の夢」を追い続けるために、2019年に教師の仕事を辭め、山東省済南市で単身起業(yè)した。
2020年には新型コロナウイルス感染癥の影響から、自分の店の売上がゼロになってしまい、舒さんは、抜け毛が目立つほどの不安に襲われることになった??啶筏顩rが続いたが、漢服をあきらめることはできず、晝夜問わずドラマの撮影現(xiàn)場を訪れ、役者たちの衣裝コーディネイトを擔(dān)當(dāng)することで、店の赤字を補った。 舒さんは、「一度きりの人生なので、自分の好きなことをして、それを極めたい」と話す。
舒さんにとっては喜ばしいことに、伝統(tǒng)文化が近年、現(xiàn)代の人々の生活に少しずつ溶け込むようになり、「國學(xué)ブーム」や「學(xué)問研究ブーム」、「漢服ブーム」が加速しながら盛り上がりを見せている?!笣h服は今、一部のマニアの範(fàn)囲を超えて多くの人の間で人気になっている。これは、中國人の中國文化に対する自信が高まっていることの表れだ。私の店の漢服レンタルやメイクアップ、寫真撮影などの人気の度合いや各種アクセサリーの売れ行きからして、漢服はどんどん大衆(zhòng)化している」と舒さん。
舒さんは、「漢服は外國人の間でも人気になっている。あるロシア人の女性は、私の店に來て、漢服をたくさん買っただけでなく、動畫でロシアに住むお母さんにも薦めていた。中國の伝統(tǒng)衣裝を著て、禮儀を重んじる文化を発揚したい。今後、もっと多くの人が漢服を好きになり、普段著として著こなし、中國の伝統(tǒng)衣裝に新たな活力を吹き込んでくれると信じている」と話した。(提供/人民網(wǎng)日本語版?編集/KN)
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