野上和月 2021年6月28日(月) 18時(shí)50分
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香港の民主派市民に支持されていた大衆(zhòng)紙「リンゴ日?qǐng)?bào)」が6月24日の新聞を最後に26年の歴史に幕を閉じた。
香港の民主派市民に支持されていた大衆(zhòng)紙「リンゴ日?qǐng)?bào)」が6月24日の新聞を最後に26年の歴史に幕を閉じた?!赶愀蹏野踩S持法(國安法)」違反容疑で、警察による大規(guī)模捜査が入り、編集幹部が逮捕されてから廃刊決定に追い込まれるまで、わずか1週間。多くの市民が「言論の自由」を揺るがす急激な社會(huì)の変化に戸惑いながら、最後の新聞を求めて奔走し、長蛇の列を作った。
「新聞買えた?」「どこも売り切れで買えなかった」「正午から再度売り出す店があるらしい」。24日は朝からこんなやりとりが飛び交った。
この7日前、昨年8月の2.5倍の警官500人が同紙を発行する壱伝媒(ネクストデジタル)に乗り込み、取材資料やパソコンなどを多數(shù)押収するとともに、編集幹部5人を、外國勢(shì)力と結(jié)託して國の安全に危害を加えた疑いで逮捕した。その後関連會(huì)社も含めて3社の資産1800萬香港ドル(約2億6000萬円)を凍結(jié)。同社は銀行からの入出金を絶たれ、従業(yè)員約800人分の給與問題が浮上するなど、“兵糧攻め”狀態(tài)にあう。従業(yè)員の退社も続出し、結(jié)局、23日に廃刊を決め、24日付を最後の新聞にするというスピード展開になったのだ。
普段は約8萬部発行するところを100萬部も出したというのに、早朝から売り切れの店が続出。かくいう私も、朝7時(shí)30分ごろ家の近所のコンビニエンスストアに行ったが、すでに売り切れ。6店舗回ってやっと小さな新聞販売店で行列に並び、わずかに殘った新聞の中から手に入れることができた。
新聞販売店の中には、正午に再び新聞が搬入され、追加で売り出す店もあった。晝時(shí)に追加で販売され、そこでも長蛇の列ができるという、前代未聞の現(xiàn)象だった。それだけ多くの市民にとって最後の「リンゴ日?qǐng)?bào)」は意味があった。ある人は「記念に」、またある人は「政府に物申す新聞がなくなってしまう」など、さまざまな思いで買い求めたのだ。
「リンゴ日?qǐng)?bào)」が創(chuàng)刊されたのは1995年6月20日。鮮烈デビューだったから、當(dāng)時(shí)のことはよく覚えている。創(chuàng)刊者の黎智英(ジミー?ライ)氏は、大手アパレルチェーン「ジョルダーノ」のオーナーで、異業(yè)種からライバル紙がひしめく新聞業(yè)に參入した。
「97年の香港の中國返還を目前に、反中的な人物が新聞を出してやっていけるのか?」、「蘋果(リンゴ)?変わった新聞名ね」、「(他紙は1部5香港ドルなのに)2香港ドルとは」と、話題になった。紙面は、全面カラー印刷で、見出しも大きく、畫期的。創(chuàng)刊號(hào)のトップ記事は、初代行政長官を予想するもの。社説は「香港人のための新聞を」と題し、望んでいるのは読者の支持で、いかなる勢(shì)力の支持でもないとつづった。
ライ氏が四方八方から弓矢に刺さりながらも、平然と1個(gè)のリンゴをかじるテレビCMでは、「1日1個(gè)のリンゴで、だれも私を騙せない」というキャプションがついた?!弗辚螗慈?qǐng)?bào)」を毎日読めば、真実を知ることができるという意味で、衆(zhòng)目を集めた。
香港の大衆(zhòng)紙は、日本の一般紙とスポーツ紙を合わせたような紙面內(nèi)容だ。「リンゴ日?qǐng)?bào)」は、ゴシップ好きの香港市民向けに、蕓能人や有名人のスキャンダル、犯罪事件やゴシップネタが多彩で、物議をかもすことが少なくなかった。取材対象をどこまでも追いかけるパパラッチ記者が多く、やり過ぎとも言われたが、著実に大衆(zhòng)を取り込んでいった。他紙を1部2香港ドル(約30円)の価格競(jìng)爭(zhēng)に巻き込み、複數(shù)紙が淘汰された。
天安門事件を追悼する「6?4集會(huì)」の様子を、毎年、翌日の一面で大きく取り上げているが、政府を批判し民主派を支援する色を鮮明にしていったのは、2003年の50萬人の民主化デモ以降だ。デモへの參加を紙面で呼び掛け、當(dāng)日の新聞にはデモで使える抗議用ポスターを織り込むスタイルも定著した。
香港経済が中國に依存していく中で、ライバル紙は中國資本が入ったり、広告収入を気にして広告主や政府の顔色を窺ったりして、批判的な記事を控えるようになる。一方、反中姿勢(shì)を崩さない同紙は企業(yè)から敬遠(yuǎn)され広告は絶たれる。しがらみがない分、政府に批判的な記事も書き、民主化運(yùn)動(dòng)との連攜を強(qiáng)めていく。
14年に若者らが中心になって香港の主要道路を占拠した「雨傘運(yùn)動(dòng)」から、ライ氏の姿も公の場(chǎng)で見かけるようになった。紙面もより反政府色を強(qiáng)めていったように思う。コロナ禍でデモが禁じられる中、一年ほど前に「國安法」が施行され、今年に入って民主活動(dòng)家の逮捕が相次ぐと、街頭で抗議の聲をあげられない市民に代わって、さらに辛辣な記事やイラストで政府批判を先鋭化させていった。
政府は、「リンゴ日?qǐng)?bào)」の幹部や同社が國安法違反の容疑をかけられたことと、「報(bào)道の自由」とは別だと明言。主要各紙の社説も、「リンゴ日?qǐng)?bào)」を擁護(hù)する內(nèi)容は1紙もなく、ライ氏が米國と組み、市民を扇動(dòng)するために「リンゴ日?qǐng)?bào)」を利用したもので、「報(bào)道の自由」とは別問題だと突き放した。
市民は、ネクスト社の大規(guī)模捜査と幹部の逮捕から僅か7日で廃刊が決まる急展開に、驚きと衝撃を隠せない。しかも政府による処分ではなく、自社決定するよう追い込む政府の狡猾さと、7月1日の香港の中國返還24周年、中國共産黨結(jié)黨100周年を目前にしてのタイミングに、改めて國安法を得て強(qiáng)権化した政府に底知れぬ恐怖を感じた市民は少なくない。
「リンゴ日?qǐng)?bào)」の26年間を振り返る特集面を見ていて、改めて同紙の報(bào)道がなかったら発覚しなかったであろう政府関係の數(shù)々のスキャンダルや不正を想い返した。今後誰が政府を監(jiān)視していくのか?情報(bào)が偏るのではないか?市民はどうやって政府へ不満を訴えていくのか?――など、香港人ならずとも気になるところだ。
廃刊後の最初の週末、ネクスト社前は記念寫真を撮る市民でいっぱいだった。門には民主派市民の象徴の黃色いリボンが結(jié)ばれ、感謝のメッセージなどが貼られていた。香港は今後、「國安法」のもと、社會(huì)が大きく変化していくだろう?!弗辚螗慈?qǐng)?bào)」の終わりは、返還後の一つの時(shí)代が終わったことを意味する。そして、自由のもとで「リンゴ日?qǐng)?bào)」とともに歩んだ民主化運(yùn)動(dòng)もまた、100萬部という香港紙史上最高の発行部數(shù)の記録を打ち立て幕を閉じたといえる。
■筆者プロフィール:野上和月
1995年から香港在住。日本で産業(yè)経済紙記者、香港で在港邦人向け出版社の副編集長を経て、金融機(jī)関に勤務(wù)。1987年に中國と香港を旅行し、西洋文化と中國文化が共存する香港の魅力に取りつかれ、中國返還を見たくて來港した。新聞や雑誌に香港に関するコラムを執(zhí)筆。読売新聞の衛(wèi)星版(アジア圏向け紙面)では約20年間、寫真付きコラムを掲載した。2022年に電子書籍「香港街角ノート 日常から見つめた返還後25年の記録」(幻冬舎ルネッサンス刊)を出版。 ブログ:香港時(shí)間インスタグラム:香港悠悠(ユーザー名)fudaole89
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