誕生100年の中國考古學、一味違うその特徴とは―文化財保護の責任者が解説

中國新聞社    2022年1月19日(水) 22時50分

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河南省の仰韶村では1921年、中國初の考古學調(diào)査が実施された。中國考古學はその後、どのような変遷をたどったのだろうか。寫真は中國國內(nèi)の博物館で2021年に開催された殷?周時代の青銅器特別展。

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中國における「考古學の始まり」は、1921年に河南省の仰韶村で実施された発掘作業(yè)とされる。それから100年余り、中國考古學はどのような変遷をたどってきたのだろうか。中國國家博物館文保院(文化財保護院)の王力之院長はこのほど、中國メディアの中國新聞社の取材に応じて中國考古學の歩みと現(xiàn)狀を語った。以下は、王院長の言葉に若干の説明內(nèi)容を追加するなどで再構(gòu)成したものだ。

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■同じ素材の出土品でも、文明によってその意義は異なる

中國における最初の考古學研究は、スウェーデン人のアンデショーンが1921年に実施した河南省の仰韶村で発掘作業(yè)とされる。この発掘が発端となり、河南省、陝西省、山西省には紀元前5000年から同3000年ごろまで、後に仰韶文化と名づけられた文化が存在していたことが判明した。

世界各地でさまざまな文明史が刻まれてきたわけだが、同じ素材を使ったものでも、それぞれの文明において意義が異なる場合がある。例えば青銅器だ。西洋では一貫して実用品だった。中國で青銅器は當初から儀禮のための用具だった。つまり中國の青銅器には、研究によって思想や社會秩序も洞察できるという大きな特徴がある。中國人は偉大な青銅器文化を生み出した自國の古代文明を誇りに思ってよい。

中國國內(nèi)の博物館で2021年に開催された殷?周時代の青銅器特別展

中國の古代文明は、エジプト文明、メソポタミア文明、インダス文明と並び、世界四大古代文明の一つとされる。しかし中國以外の古代文明は消失してしまった。數(shù)千年前から現(xiàn)在まで、変化しつつも連続しているのは、中國の古代文明だけだ。これも中國文明の偉大な特徴だ。

■研究途上で犯した「大失敗」から教訓を得る

現(xiàn)代の科學的考古學は、西洋で誕生したものだ。西洋の考古學には、修復(fù)と保護を一體化させる理念がある。一方で中國における初期の考古學には問題があった。出土品の修復(fù)が偏重されたことだ。中華民國期の出土品の扱いは、職人技に頼って「きちんとした形にできばよい」といった狀況だった。

中國の考古學が大きく変化したのは、中華人民共和國が成立してから自國の古い文化の研究が極めて重視されるようになったことがきっかけだった。ただし暗中模索で進むしかなかった。

そんな中で、大失敗も経験した。1955年に実施された明定陵の発掘だ。明定陵とは北京市郊外にある明朝13代皇帝の神宗(1563-1620年)とその皇后を葬った墓だ。しかし當時は、地下空間という高濕度?低酸素?光線のない暗黒狀態(tài)という特殊な環(huán)境でのみ狀態(tài)を保てた文化財が多いとの知識がなかった。知識があったとしても発掘後の急速な変化を防止する技術(shù)はなかった。

明定陵

明定陵ではそのため、多くの文化財が出土直後に変質(zhì)して失われてしまった。この「災(zāi)難」を教訓に、1960年代からは文化財保護の重要性が強く意識されるようになった。70年代初期に実施された湖南省長沙市にある馬王堆漢墓の発掘では、明定陵の教訓が、かなり生かされた。また改革開放の時代になると考古學の経験が豊富なイタリアなどとの交流が進み、中國でも文化財保護の意識が急速に発達することになった。

■獨自の強みも獲得した中國考古學、まずは自國についてしっかり知るべき

中國の考古學が先進國から多くを?qū)Wんだことは事実だが、現(xiàn)在はすでに、外國の考古學界は持ち合わせていない「獨自の強み」を多く獲得している。國際的な研究者の交流が増えたことで、中國人研究者は中國を?qū)澫螭趣工肟脊艑Wについて、國外の研究者が獨自の視點や深い見識を持つ場合があると気付いた。しかし研究を全面的に見れば、中國人研究者の方がレベルがずっと高い。これはまぎれもない事実だ。

例えば青銅器の場合、中國では年代考証だけでなく、形や紋様、銘文、系統(tǒng)、鋳造方法、さらには伝播経路の研究までが行われている。紋様については古代美學や図像學、銘文については古代文字學、系統(tǒng)については社會の組織や構(gòu)造、生産方式や生活方式の研究など、幅広い分野と連攜する極めて長大な「學術(shù)チェーン」が形成されている。

中國國內(nèi)の博物館で2021年に開催された殷?周時代の青銅器特別展

中國には古い時代からの文獻が大量に存在する。そして100年余りに及ぶ発掘調(diào)査で、膨大な文化財が「実物の研究材料」として加わったことなどで、得られる情報はますます大量かつ複雑になってきた。研究者がその一生を費やしても、全貌を伺い知ることは困難なほどだ。

文明あるいは學術(shù)上の成果は、人類すべてのものだ。しかし「自分が主體になる」精神は必要だ。自らの研究をしっかり行い、自らについてしっかり語れるようになる。そうなってこそ、國際的な交流において自分自身のしっかりとした地位を獲得することができる。(取材 /構(gòu)成 如月隼人

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