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中國の大學(xué)入試は夏休み前の6月に実施される。そのため毎年6月になると、試験にまつわる話題が報じられる。中國の情報サイトの網(wǎng)易は11日付で、「科挙のカンニング」を紹介する記事を発表した。
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中國では秋に新しい學(xué)年が始まる。そのため、大學(xué)入試は夏休み前の6月に実施される。
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そのため毎年6月になると、試験にまつわる話題が報じられる。中國の情報サイトの網(wǎng)易は11日付で、「科挙のカンニング」を紹介する記事を発表した。
大學(xué)入試は受験生の一生を大きく左右する。結(jié)果として、ごく一部とはいえ不正を行う者が出て來る。2000年ごろからは、古典的な資料持ち込みや替え玉受験に加えて、通信機器を利用した不正がしばしば報道されるようになった。しかも、腕時計や眼鏡に仕込む超小型送受信機など、技術(shù)が進歩するにつれ、不正の方法も「ハイテク化」していった。試験実施側(cè)はそのため、試験會場を電波遮蔽するなどで対抗するようになった。
中國では隋代(589-618年)に高級官僚登用のための「科挙」と呼ばれる制度が導(dǎo)入された。合格するには、四書五経と呼ばれる儒教の聖典や主要な解説書をすべて丸暗記することが必須で、しかも作文能力や文字の美しさに対する要求も高かった?!缚茠ぁ箤?dǎo)入の大きな目的は、學(xué)力のみで高級官僚を登用することで、門閥貴族の勢力を削ごうとしたこととされている。「機上の能力」のみによって高級官僚を選抜する科挙には弊害もあったが、宋代(960-1279年)には門閥貴族の勢力を大きく後退させ、皇帝への権力集中が実現(xiàn)したとされる。
モンゴル人による王朝の元(1279-1368年)は、「科挙」をさほど重視しなかった。しかし満州族による清朝(1644-1912年)は、同じく非漢族王朝でありながら科挙を極めて重視した。網(wǎng)易の記事では、上海市內(nèi)にある嘉定博物館が所蔵する、清朝時代の科挙の際に受験生が用いたカンニング用のチョッキ狀の下著などを紹介した??茠い扦?、試験の段階によっても異なるが、受験生には互いに情報をやりとりさせないために、レンガの壁で仕切られている部屋で答案を作成することになった。そのために、下著に「カンニング用情報」を書いておけば、かえって利用しやすかったと考えられる。
嘉定博物館が所蔵する清代の科挙で用いられたカンニング用の下著に書かれた文字は4萬字以上もある。通常の筆で書くことは不能なので、「ネズミのひげ」のような細(xì)い筆で書かれたもので、その「職人蕓」には驚嘆するしかないという。
もちろん試験実施側(cè)は、不正防止のために厳重な対策を講じていた。會場は試験開始には扉や窓を閉め切って、外部とのやりとりを防止した。清朝當(dāng)局は受験生の衣服や用具を細(xì)かく制限して、試験監(jiān)督官は受験生の入場時に、受験生を厳格に検査した。
不正に対する罰則も厳しかった。受験生の不正が発覚した場合には1カ月にわたり首かせをつけさせられ、その後は辺境に送られて兵役につかされる。
清朝當(dāng)局は、役人や試験監(jiān)督官が不正に加擔(dān)することを強く警戒した??茠い卧囼Yは何段階にも分かれていて、最初の試験は受験生の出身地で行われるので、郷試と呼ばれていた。この郷試が始まる前に、受験生側(cè)が役人や試験関係者に贈り物をすれば、贈った側(cè)ももらった側(cè)も厳しく罰せられる。一連の試験開始後も同様だ。もちろん、替え玉受験も厳しい処罰の対象になる。
採點者が受験生と通じ合うなどして不正に加擔(dān)すれば、官位を落とされたり公職から追放されたり、場合によっては死罪になることもあったという。(翻訳?編集/如月隼人)
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